第15話 お代はラブで結構ですよ


「あれ? もう止まった。休憩時間かしら」


 荷台に積んであったワラ袋の中から、聞き覚えのある女の子の声が聞こえてきた。

 ワラ袋には食料が入っていたはずだが……。


「喋るワラ袋とは面妖な。モンスターかな? 危険が危ないからこの辺に捨てるか」


「わー! 待って待って! せめて中身を確認してっ!」


 ワラ袋を担いで外に放り投げようとしたら、ワラ袋に擬態したモンスターが暴れ出した。

 仕方ないので地面に降ろして、口を縛っていた紐を解く。すると――


「ぷは~っ! ジャバの空気は美味しいわ!」


 袋の中から、金髪少女がこんにちは。

 ダイアナはワラ袋を脱ぎ捨て、肺一杯に空気を吸い込んだ。


「密航って思っていた以上に大変なのね。息が苦しくて死ぬかと思った。けど、これでまんまと城を抜け出せたわ。さすがはワタシ。杖は……あったあった」


 ダイアナは荷台に乗り込み、突っ張り棒を取り外した。愛用の杖を荷物に紛れ込ませていたようだ。


「お待たせ。準備完了よ。旅の続きといきましょう!」


「ツッコミどころが多すぎて追いつかないんだが……」


 俺は半ば諦めながらダイアナに問いかける。


「念のために訊くぞ。どうしてダイアナがここにいるんだ」


「愚問ね。魔王を倒して、ワタシの力を世に知らしめるためよ!」


「ですよね……」


 ダイアナは薄い胸を張って、堂々と言い放った。

 髪にワラがからまっているのが見ていて笑いを誘う。

 状況的にはまったく笑えないんだが……。


「言いたいことはわかるわ。でも、聞いてほしいの」


 目の前で溜息をつく俺の心情を察したのだろう。

 ダイアナはググっと身を乗り出して、説得にかかった。


「魔王城は元々はワタシの居城よ。王家の人間だけが知ってる秘密の抜け道を使えば、無駄な戦闘を避けられるわ。それからそれから――――」


「あ~、はいはい。わかったわかった」


「ようやくわかってくれた?」


「言っても聞かないことがな。それと……」


 俺はそこでダイアナに向かって頭を下げた。


「正直、おまえの力を見くびっていた。すまん」


 俺の謝罪の言葉に、ダイアナはきょとんとした表情を浮かべて自分の顔を指差した。


「それってつまり、ワタシの実力を認めたってこと?」


「そういうことだ。俺は脳筋だからダイアナがサポートに回ってくれるとすごく助かる。だから……」


「ふふ~ん? だから何なのかしら? 口にしないと伝わらないわよ」


 勝利を確信したのか、ダイアナはニマニマと口元を歪めて俺の言葉を待つ。

 年下に舐められるのは屈辱的だが、舐めていたのは俺の方だ。ここは男らしく負けを認めよう。


「ダイアナ。俺と(魔王討伐に)付き合ってくれ!」


 俺は叫び、もう一度頭を下げた。

 未来の大賢者、5大精霊を同時に操る天才精霊術士に向かって。


「…………」


「あれ? どうした。急に黙って」


 ダイアナの様子がおかしい。

 俺は下げた頭を上げて、ダイアナの様子を窺う。

 ダイアナは耳まで真っ赤にしていて――


「ままままさか、このタイミングで求婚してくるなんて! 勇者さまって見かけによらず大胆なのね!」


「求婚?」


「だけどあと3年! 成人の儀式まで待って! そうしたら結婚でも何でもしてあげるから。でもでも、エッチなのはダメだからね。そういうのは体も大人になってからね。それまで女を磨いておくから!」


「待て待て待て。どうしてそこで結婚って話が出てくるんだ?」


 斜め上の展開に、俺は混乱しながらダイアナに問いかける。

 ダイアナは困ったように眉をひそめながら、けれど嬉しそうに頬を緩めながら笑った。


「『俺と付き合え』って言ったでしょ? 王族であるワタシに交際を申し込んだってことは覚悟が完了してるってことだもんね。ワタシとしても勇者さまならありかなって。えへっ♪」


「違うぞ!? 付き合えってのは、一緒に魔王を倒そうって話だ」


「そんな照れることないのに。ワタシたち相思相愛じゃない。これから先も上手くやっていけるわ」


 ダイアナはニコニコと笑ったまま、馬車の御者台に乗り込んだ。


「勇者さまのこと、これからはシズって呼ぶわね。下の名前で呼び合った方が仲良くなれるものね」


「人の話を聞けっ!」


「さっきからうるさいわね。なによ。ワタシと付き合うのは嫌なの?」


「そ、それは……」


「あ~、口ごもった。ぷぷっ。口では嫌がっても心は正直みたいね。素直になりなさい」


「う、うるさいなっ。馬車から降ろすぞ」


「きゃー! それはカンベンして。城から抜け出すの大変だったんだから」


「はぁ……。やれやれだ。これも女神から課された試練のひとつなのかね」


 俺は溜息をつきながら御者台に上り、ダイアナの隣に座る。

 ダイアナは俺の肩に身を寄せたあと、眼前に広がる大草原を眺めて不敵に笑う。


「西から良い風が吹いてるわ。ワタシたちの新しい門出を祝いつつ。しゅっぱーつ!」


「へいへい。お代はラブで結構ですよ」


 強引に居座られたにも関わらず、嫌な気分ではなかった。

 むしろ、嬉しい。隣にぬくもりがあると落ち着く。

 孤独な旅路になるかと思ったが、ダイアナとなら楽しい時間を過ごせそうだ。





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 以上、旅立ち編でした。

 次回からは6年後、魔王討伐後のお話になります。


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