第14話 新たなる旅立ち

 

  フェンリルとの戦いから二週間後、俺は馬車に乗って王都を出た。

 爽やかな春の陽気の中、一人で御者台に腰掛けながら、澄みきった青空を見上げる。


 魔王軍幹部による王城襲撃は、パヴァロフの諸侯に大きな衝撃と動揺を与えた。


 国の護りを固めても、寝首を掻かれたら意味がない。

 これには保守派貴族も高速掌返し。

 領民からも『今すぐ軍を派遣して魔王を討つべきだ』という気運が高まり、王は世論に押される形で開戦を宣言した。


 一方で、魔王軍にも動きがあった。


 魔王軍も奇襲作戦を開戦の狼煙とするつもりだったようで、根城とする西の島からモンスターの大軍が大陸に押し寄せてきた。

 出鼻はくじかれたものの、行軍は止まらない。

 大量のモンスターがパヴァロフ領内に侵入。

 海岸沿いにある港町が墜ちた、との報せも入った。


 そんな中、正式に勇者として認められた俺は(後で知らされたが、保守派貴族の策略で軟禁状態にあったらしい)、必要な装備を渡されたあと王都を旅立つこととなった。


 勇者の存在は、魔王軍にとって脅威になり得る。

 暗殺担当の幹部を送り込んできたのがその証拠。

 幸い、魔王軍側で俺の顔を知ってるヤツはいない。

 唯一の目撃者である狼男たちは倒された。

 勇者が召喚された、という事実だけが広まっている。


 その状況を逆手に取り、王国側で代理勇者を立てて戦場に派遣。

 影武者率いる”勇者軍”が魔王軍の侵攻を食い止めているうちに、本物の勇者である俺が単独で魔王城へ攻め入って親玉を倒してこい……というのが王様の命令だった。

 つまるところ『召喚勇者による魔王暗殺計画』だった。

 やってることは、フェンリルを送り込んできた魔王と何ら変わりはない。


「当事者になってわかったが、勇者って都合のいい存在なんだな……」


 異世界から呼び出したから、命を散らしても嘆き悲しむ者はいない。

 身元が不明だから、家族に賠償金を支払う義務もない。

 しかも、よくわからない超人パワーを持っている。

 暗殺者として長い期間をかけて育てる必要もない。

 実にインスタントでリーズナブル。なんて使い勝手のいい駒だろう。


「転生先でも、ブラックな社会の歯車として働かされるとはな」


 だけど、悪いことばかりではない。

 旅の最中、事情を知る一部の人間に勲章を見せれば、宿代や飲食費がタダになる。

 それに魔王を討伐したら俺に爵位をくれるそうだ。

 貴族の暮らしに興味はないが、金だけ受け取って田舎で暮らすのも悪くない。

 貴族の中には俺を危険視する連中も多いから、何だかんだ理由を付けて、無報酬で外に追い出される可能性もあるが……。


「できれば、おっぱいの大きなお嫁さんも迎えたいなぁ」


 未来のことはわからない。けれど、願うだけならタダだ。

 スクルドが約束を果たしてくれる気があるなら、俺の願いはきっと叶うだろう。

 人間、明確な夢や目標があれば、どこだって頑張れる。なんだってやれる。


「元気ですかー! ってな」


 俺は大物プロレスラーの真似をしながら、小麦パンのサンドイッチで小腹を満たす。

 サンドイッチは王都を出発する前に見知らぬ婆さんから手渡された。

 王城に勤める衛兵の母親とかで、命の恩人として感謝された。

 人に感謝されるのは悪い気分じゃない。

 俺が戦うことで護れる笑顔がある。

 世界を救う理由なんて、そんな単純なことでいいと思う。


「ダイアナは怒ってるだろうなぁ……」


 ダイアナには、出発の日取りを伝えていなかった。

 伝えれば、必ず旅についてくるだろう。

 王様もダイアナの性格は把握しており、衛兵によって彼女の部屋の出入り口を固めていた。

 ダイアナの軟禁は彼女の兄で、王位継承権を持つ第4王子の命令でもあった。

 身内を護ろうとするのは当然のことだ。可哀想だが仕方ない。

 仕方ないのだが――――



 ――――ガタガタガタ。



「なんだ? 荷台から物音がする」



 荷台に積んであるのは、食料や着替えのみ。

 生き物を載せた記憶はない。

 街道は整備されており、落石に車輪が取られたわけでもない。


「まさか…………」


 俺は妙な胸騒ぎを覚えて馬車を止めた。

 俺の悪い予感は当たるんだ。

 御者台から降りて、荷台を確認すると――

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