第12話 神器アガートラム


「我をここまで追い込むとはな。いいだろう。出し惜しみはナシだ。我が同胞よ。力を借りるぞ」


 地面に落ちていた宝石を拾い上げ、ひとくちで丸呑みするフェンリル。

 宝石を飲み込んだフェンリルは、何かの呪文を唱えると――――


狂化ベルセルク――――!」


 その巨体から赤黒い雷が迸る。

 金色の目を爛々と血走らせ、放電を続けながら大顎を開く。


「フェンリルのマナが暴走してる!? まずい!」


 異変に気がついたダイアナが、咄嗟に俺を突き飛ばした。

 次の瞬間――――



「■■■■■■■■■■■■――――ッ!!!!」


 フェンリルが吠えた。

 目に見えるはずのない超音咆吼ソニックハウルに色が宿る。

 狼王の顎門から放たれた赤黒い雷が中庭を焼く。



 ズゴォォン――――――――ッ!



 一瞬の沈黙の後、轟音。

 まるで爆撃を受けたかのように、城壁が一瞬で砕けた。

 辺りに降り注ぐ瓦礫の雨。


「ダイアナっ!」


 俺はダイアナを両腕で抱き上げ、瓦礫を避けながら急いで安全圏まで移動した。


「なんだ今の攻撃は!? 超音波ってレベルじゃないぞ。どうなってる!?」


狂化ベルセルクの魔術でリミッターを外した魔力を、超音咆吼ソニックハウルに乗せて放ってるんだわ。あんなものを食らったら、ひとたまりない……」


 ダイアナは俺の腕の中で震えていた。

 城壁がはぜて土煙が上がる王城。

 誰のものでもない、混乱と嘆きの悲鳴が聞こえる。

 爆発に巻き込まれた衛兵は戦意を喪失していた。

 武器を捨てて逃げる者もいれば、子供のように泣き出す者。

 すべてを諦めて呆ける者もいた。


「勇者さまも逃げて。アイツの力は並みのモンスターと比べものにならない」


 混乱の中、ダイアナは決して杖を手放さなかった。

 ダイアナもわかっているんだろう。

 ここでフェンリルを放って逃げたら、故郷で起こった惨劇が再びこの地で繰り返されることを。

 だから――――


「逃げてたまるかよ」


 瓦礫の雨は止んだ。

 俺はダイアナを地面に降ろしたあと、背を見せてフェンリルと対峙する。



「GRURURURU…………」



 フェンリルの咆哮光線は、チャージに時間がかかるようだ。

 口の端から赤黒い光を漏らしながら、こちらを睨み付けてくる。

 言葉は通じないだろう。見た目も完全に一匹の獣と化している。

 理性を捨ててまで俺を殺そうというのだ。


「いくら勇者さまでも、あんなバケモノには勝てないわ」


 ダイアナは俺の上着を掴み、必死に引き止めようとする。


「巻き込んでごめんなさい。ワタシが召喚したりしなければ……」


「ダイアナ」


 俺は一度だけ後ろを振り返り、ダイアナの頭を撫でた。

 優しくではない。励ますように、ガシガシと頭を撫で回す。


「一緒に戦ってくれると言ってたよな。なら、そこで見ててくれ。おまえが信じた勇者の活躍をな」


「シズ…………」


 ダイアナは俺の名を呟き、上着を離した。


「わかった。アナタの力を魅せて」


「おうよ」


 俺はダイアナに背中を見せながら、笑って頷いた。

 嬉しかった。ダイアナが俺を信じてくれたことが。


「俺も男だ。女の子の前で無様な姿を見せるわけにはいかねぇよな」


 歩く災害みたいなバケモノを前にして、俺は不思議と気分が落ち着いていた。

 死を経験して、恐怖に慣れてしまったんだろうか。

 いいや、違う。

 死ぬのは今でも怖い。

 頭がおかしくなったわけでもない。

 俺には護るべきものがある。

 護りたい想いがある。

 だからこうして拳を握っていられるんだ。


 勇者だと持ち上げられて、調子に乗っていたところはある。

 女神に見出されたんだ。

 世界を護ってやろう……だなんて、たいそれたことも考えていた。

 けれど、俺が本当に護りたいものは別にある。


 ダイアナは小さな体を奮わせて立ち上がった。

 魔王の影に怯えて部屋の隅で泣きわめくことを是とせず、自分の尊厳を守るために。

 そんなダイアナの生き様を眩しいと思った。

 ダイアナの願いを叶え、笑顔を贈りたいと心から思った。

 ダイアナの笑顔を護りたくて。俺は――――



「俺は勇者になるって決めたんだっ!」



 宵闇の空。東の果てから朝日が昇る。


「俺の声が聞こえてるんだろ、スクルドさんよっ! 俺に力を寄越せっ!」


 明けの空に叫び、左腕を天高く掲げる。

 拳を握り締め、銀なる神力を招来する!



『――――要請を受理。照射角度修正。これより、ディバインウェポン・アガートラムを転送します』



 どこからともなく聞こえるスクルドの声。

 次の瞬間、神々しい白光が俺の体に降り注いだ。

 呼びかけに応じて、左腕のガントレット――――神器アガートラムに秘められた力が解放される。

 次の瞬間、俺の体が銀色の光に包まれた。


 周囲を照らす目映い銀光。

 清らかな鈴の音が鳴り響く。

 光が収まり、音が鳴り止む。

 そして、そこには――



「変身――――完了ッ!」



 白銀色のフルフェイスアーマーに身を包んだ俺の姿があった。





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