第11話 VSフェンリル
「本当に……本当に来てくれるなんて……」
「約束したろ。おまえを護るってな」
俺はダイアナを安心させるため、笑みを浮かべながら手を差し伸べる。
「けど、すまない。泣かせちまった」
「ううん。違うの。これは嬉し涙だから」
ダイアナは目に涙をためながら、差し伸べた俺の手を握ってきた。
恐怖からか、ダイアナの手は震えていた。
俺はそんな彼女の肩をそっと抱いて――
「ホントは一人でも平気だったけどねっ!」
「ここで見栄を張るとか。やっぱりおまえは立派だよ」
抱こうとした肩を叩いて、ダイアナの頑張りを労った。
「本当に来てくれるなんて……か」
ダイアナの姿を見つけたとき、同時に叫び声も聞こえた。
それは悲鳴ではなく、『負けてたまるか』という魂の雄叫びだった。
中庭には戦いの爪痕が残っていた。
ダイアナも傷ついている。
窮地に陥ってもなお、希望を捨てずに俺を信じてくれていたんだろう。
「そこまで想われたら、男として応えるしかないよな!」
「想うってなに!? そんなんじゃないからねっ! ちょっとどころか、すごい格好いいとか思ったりもしないでもないけど!」
ダイアナが顔を真っ赤にして、一人で墓穴を掘っていた。
褒められるのは悪い気がしないので放置する。
それに楽しくお喋りをしていられるような雰囲気ではない。
「勇者の暗殺はしくじったか」
大型の狼男が起き上がり、金色の隻眼で俺を睨み付けてきた。
ダメージを食らっているはずなのに、戦意は失われていない。
むしろ本気にさせたようだ。
「匂いでわかるぞ。人間……キサマ、強いな」
「どうかな。俺も実戦は初めてなんでね。試してみるか?」
「もちろんそのつもりだ。王の首など、もはやどうでもいい」
隻眼の狼男は、腰を低くして四つん這いになった。
人を丸呑みできそうな大顎を開き――
「我が名は
「気をつけて、勇者様! アイツは超音波で攻撃を仕掛けてくるわ!」
「
ダイアナが忠告するのと、隻眼の狼男――フェンリルが咆吼を上げるのは同時だった。
目には見えない音の衝撃波が襲ってきた。
鼓膜が震え、全身が痺れる。
だが、それだけだ。
体感としては強めの風が耳元で吹き抜けただけ。
スクルドによって調整が施された俺の身体は、異常状態を与える敵の攻撃を自動で軽減するようだ。
「のど自慢大会はそれで終わりか?」
「なにっ!?」
「今度は俺の番だな」
俺は前方へと駆け出し、戸惑うフェンリルの顔面に向かって右の拳を叩き付けた。
しかし、俺の拳はフェンリルの豪腕によって受け止められてしまう。
「小細工は効かぬか。ハハっ! それでこそ勇者だ!」
フェンリルはガードの体勢から一転。
雄叫びを上げながら、両の拳を連続で叩き込んできた。
「オオオオオオオオォォォォォッ!!!!」
「ぐっ!」
身軽だった狼女とは違い、フェンリルの攻撃はそのすべてが重かった。
両腕をクロスして必死にガードを行うが、衝撃を殺し切れていない。
鉄球のような硬さの拳で殴られ続け、腕の感覚がなくなりそうになる。
「フハハハハハッ! いいぞっ! 我の拳によく耐えているっ!」
矢継ぎ早に繰り出されるフェンリルの拳。
防戦一方だ。このままだと押し切られる……っ。
「なんだこの騒ぎは!?」
「城内にモンスターだとっ!?」
フェンリルに押されていると、城の中から衛兵が姿を現した。
槍を手にした衛兵がこちらに気がつき、果敢にも突撃してくる。
「勇者殿っ! 助太刀いたしますっ!」
「邪魔をするなぁぁっ!」
フェンリルの咆吼を耳にした衛兵たちが、バタバタと倒れていく。
普通の人間は咆吼を耳にするだけで、身体の動きと戦意が奪われるのだろう。
役に立たないと揶揄することなかれ。
おかげで隙が生まれた。仕掛けるなら今だ――!
「うおぉぉぉぉっ!」
俺は一瞬の隙をつき、フェンリルの
「フンッ!」
フェンリルは護りも強固だった。
大きく息を吸い込み、分厚く張れた胸筋によって俺の攻撃を受けきってみせた。
だが、
「今だっ!」
「
正拳突きは、本命の攻撃を隠すためのフェイクだ。
俺の背中に隠れていたダイアナが、風の精霊術を放つ。
「グウゥッッ!!」
フェンリルの巨体が、局地的に発生した竜巻に飲み込まれる
竜巻の中で、カマイタチを発生させているのだろう。
フェンリルは荒れ狂う嵐の中、絶叫と血しぶきを上げた。
「はぁはぁはぁ……っ。さ、さすがにもうマナ切れよ」
杖を支えにその場でふらつくダイアナ。
俺はダイアナの元へ駆け寄り、その肩を抱き上げた。
「大丈夫か?」
「ふふふ。どう? ワタシも少しは……いいえ。すっごく役に立つでしょ」
「まったく、おまえは本当にたいしたヤツだよ」
「ふふーん。もっと褒めてもいいのよ」
息を切らせながら、ダイアナは得意げにウインクをしてみせた。
俺たちは事前に示し合わせたわけではなく、自然と連携攻撃を行っていた。
俺はずっと思い違いをしていた。
ダイアナは誰かに護られるようなお姫さまではない。
強敵と対峙してもなお、膝を折らずに前へ進めるような子だ。
そんなダイアナを信じて、俺は防御に専念し続けた。
彼女なら必ず策を講じているはずだと。
「ハ、ハハハハハッ!」
「……っ! まだ生きてるの!?」
フェンリルの哄笑と共に竜巻が晴れる。
風の刃で切り刻まれ、全身から血を吹き出しながらもフェンリルは生きていた。
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