第10話 ヒーローは遅れてやってくる


――中庭での戦闘から、遡ること数刻前。


 草木も眠る丑三つ時。

 ベッドで横になっていたは、目を瞑ったまま誰何すいかの問いかけをする。


「そこにいるのは誰だ?」


 声を掛けられるとは思わなかったのだろう。

 扉を開けて部屋に入ってきた侵入者――踊り子のような半透明の薄衣に身を包んだ美女が動きを止めた。


「起きていらしゃったのですか……」


 美女は妖艶に微笑むと、衣を脱いで豊満な裸体を外気に晒した。


「王からの贈り物です。勇者様を存分にもてなすようにと……」


「真夜中のおもてなし!? それってまさか……!」


「くすくすっ。勇者様の好きになさっていいんですよ……」


「おお……」


 思わず声が震える。

 俺も男だ。生前は青春の真っ只中を生きていた。

 当然、異性に興味がある。もちろん性的な意味で。

 しかも、目の前の美女は豊満な乳房の持ち主。

 俺の好みにピッタリだ。

 ただし――


「剥き出しの殺意とお尻は隠した方がいいぞ? 可愛い尻尾が丸見えだ」


「チッ! やはり気づいていたか!」


 美女は毒づくと、一瞬にして腕に剛毛を生やした。

 メキメキ、っと筋肉が裂ける音が内側から聞こえたと思うと、あっという間に毛むくじゃらの狼人間に変身した。


「グルルル……」


 狼女は喉を鳴らして俺を睨む。

 俺は一歩後ずさりながら、狼女に尋ねた。


「ひとつ訊かせてくれ。どうして俺を狙うんだ?」


 いとも簡単に王城へ侵入できたんだ。真っ先に狙うとしたら王の首だろう。

 だが、相手は勇者である俺を狙ってきた。

 騒ぎも聞こえないから王はまだ襲われていないはず。

 俺の問いかけに、狼女はかぎ爪を構えながら答えた。


「魔王様の命でな。その存在が脅威になる前に勇者の息の根を止めろ、との仰せだ」


「俺が召喚されたのは魔王軍に筒抜けってわけか」


「あれだけ大がかりな儀式を行えば当然だ。もっとも、勇者の顔を見たのはこれが初めてだがな」


「ご感想は?」


「なかなかに性欲が強そうな顔つきをしてる」


「スケベ顔ってことか? 正直、あんたはタイプなんだけど人の寝込みを襲うような女は願い下げだ」


「残念だな。勇者の子をはらめば、強者が生まれると思ったが……」


 狼女は全身に力を込める。

 すると、辛うじて人間の形を保っていた頭部も狼のソレに変形した。

 長く張り出した大顎を開き、鋭い牙を露わにする。


「キサマの血肉を喰らい、ワタシの糧としよう!」


 狼人間は豪腕を振るい、鋭いかぎ爪で俺の首を狙ってくる。

 俺は枕元に隠していたナイフを引き抜き、かぎ爪を弾いた。


「ヌゥ……っ!?」


 刃が弾ける甲高い音が部屋に響き渡る。

 それはかぎ爪によって砕けた、ナイフの断末魔だった。


「一撃で砕かれた!? なんて力だ!」


 見舞い用の果物を切るためのナイフだったが、耐久性はそれなりにある。

 それなのにまさか一撃で破壊されるなんて。


「死ねぇい!」


 追い打ちとばかりに、狼女が飛びかかってきた。

 殴り合いの喧嘩をした経験なんて、数えるくらいしかない。

 ましてや、鋭い爪を生やしたバケモノを相手にした経験なんてあるはずもなく。

 そのはずなのに――


「わかるぞ……」


 俺はやけに冷静だった。

 相手の攻撃に合わせて、次にどう動けばいいのか。

 頭ではなくて、心と体が知っている。


「シャアアアァァァッ!」


 頭目がけて振り下ろされる、鋭利なかぎ爪。

 俺は左腕で頭部をガードしながら、自身の護りを固めるように強く念じた。

 すると、左の手の甲にイナズマのような模様が浮かび上がった。

 模様から熱い血潮を感じる。

 魂の内側から言葉が溢れる。

 俺は導かれるままに、召喚呪文コマンドワードを叫んだ。


「セットアップ!」


 呼びかけに応じて、左手の絵文字が目映い光を放つ。

 次の瞬間――――



 シャイィィィン――――!



 鈴のような音が鳴り響き、俺の左腕に銀色の篭手――――ガントレットが装着された。

 その間、わずか0.5秒。

 瞬きをするよりも早く、銀のガントレットが現れた。


「せいっ!」


「ヌゥっ!?」


 俺は召喚したガントレットで、敵の爪を受けきった。

 刃が砕ける甲高い音が鳴り響く。折れたのは狼女の爪の方だった。


「その手の文様は太陽のルーン!? キサマ、太陽神スクルドと契約しているのか!」


「太陽神? それってあの女神さまか?」


 正直よくわからないが、あの女神様が俺を護ってくれたのだろう。


「グルルルァァァァっ!」


 かぎ爪での殺傷は諦めたのだろう。

 狼女は俊敏なステップで俺の背後に回り込んできた。

 大顎を開き、俺の喉元へ食らいつこうとしてくる。

 だが――――


「ボディがガラ空きだ!」


 背後に迫ってきた狼女の腹部に、左の腕で肘鉄を食らわせる。


「ガハ……ッ!」


 たったの一撃で、壁際まで吹き飛ばれる狼女。

 勢いを殺しきれず、そのまま石壁に激突。

 背中を強打した狼女は、白目を剥いて倒れた。


「ふぅ……なんとか倒したか」


 戦闘が終わり、俺は呼吸を整える。

 初陣にしては我ながらよくやったと思う。


「”神造人間”……か」


 これもスクルドの調整のおかげだろう。

 戦ってみてわかったが、俺の身体能力は転生前に比べると数十倍にも膨れあがっている。

 今なら空も飛べそうだ。


「さすがにそれは無理か」


 戦いの昂揚感もあり、俺は独り言を呟いてセルフツッコミを入れる。

 まずは落ち着こう。襲撃者が一人だけとは考えられない。

 もはや一刻の猶予もないだろう。こうしてる間にも王さまの寝首が狩られているかもしれない。

 平和な城であくびをかみ殺してる衛兵や、腰抜け騎士の護衛では心許ない。今すぐ王さまを逃がそう。



 ィィィィィン――――



「なんだ……?」


 部屋を出ようとしたそのとき、金属を削るような不快な音が窓の外から聞こえてきた。

 次の瞬間――――



 ――――ドンっ!



 窓の外――西塔近くの中庭で爆発が起きた。

 ビリビリ、と大きく震える窓ガラス。

 よく見れば朝霧の中、黒煙も上がっている。


「何が起きている……!?」


 窓を開け放ち、5階の高さから階下を見下ろす。

 炎が上がる西の中庭、木立の間に見え隠れするその姿は――――


「ダイアナっ!? どうしてあんな場所に!?」


 ダイアナは大柄の狼男と戦闘を繰り広げているようだ。

 やはり別働隊がいた。

 ダイアナがいる中庭は、王様のいる西の塔の真下にある。

 これだけの騒ぎになれば、衛兵も異変に気がつくだろう。

 それなら――――


「待ってろよ、ダイアナ!」


 呑気に廊下を渡って戦場に駆けつける余裕はない。

 5階の窓から飛び降りて中庭へ直接向かえば、ダイアナの窮地を救えるだろう。

 だが――――


「……本当に飛べるのか?」


 俺は窓のサッシに手をかけ、自問自答する。

 さっきは冗談で言ったが、まさか本当に空を飛ぶことになるなんて。

 だが、四の五の言っていられない。

 今の俺なら多少の無茶もできる!

 想いがあれば何でもできる。自分を信じて!

 走り幅跳びの要領で、後ろに下がって助走をつけてから――――


「元気ですかーーー!」


 俺は地上5階の窓から空へダイブした。


「お? おおぉぉぉっっっっ!」


 助走をつけたのが功を奏したのか、俺は”跳んで”いた。

 落下しているのではなく、空中を滑空して地上へ降りている。

 俺は空中で姿勢を制御して、石造りの回廊の屋根に着地。

 反動を付けて、再び勢いよくジャンプ。

 そうして何度も何度も、まるでバッタのように跳躍を繰り返し中庭へと向かった。


「負けてたまるかぁぁ!」


「見えた――――!」


 中庭に近づくと、ダイアナの叫びが聞こえてきた。

 ダイアナは狼男に頭を鷲づかみにされていた。


「させるかよ!」


 中庭の手前にある馬小屋の屋根に着地。

 膝を曲げて最後の大跳躍。

 空高く舞い上がったあと、上空から狙いを定めて――――


「喰らえっ!」


 渾身の力を込めて、狼男の背中に急降下キックをお見舞いした。


「ッ……!」


 全体重を乗せた容赦ない攻撃によって、狼男は吹き飛んだ。

 たまらず、ダイアナの身体を手放す。

 俺は着地を決めながら、狼男とダイアナの間に滑り込むと――――



「待たせたな……っ!」


「シズ――――ッ!」



 ダイアナを背中に庇い、左腕のガントレットを身構えた。






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