第35話 みんなを笑顔にしたいッス!
ロドウィック宝石店を出たあと、俺たちは市場へ戻ることにした。
裏通りから大通りまで戻ってくると見知った顔が姿を現した。
「シズさん。ダイアナさん。ちーッス!」
「……? チーッス」
ヨシュアくんの独特な言い回しをクロが真似る。
「教育に悪いからやめなさい」
ダイアナはヨシュアくんにジト目を向けて、たしなめた。
俺もヨシュアくんには言いたいことがある。苦笑まじりに話しかけた。
「聞いたよ、ヨシュアくん。俺の噂を広めてるみたいだね」
「噂も何も本当のことじゃないっスか! オレ、感動したッス! 窓際三流ハンターとか言われていたシズさんが、まさかたった一人でアースドラゴンを倒すなんて!」
ヨシュアくんは鼻息を荒くしながら、ズズイと顔を近づけてきた。
「きっと魔王を倒した勇者さまみたいに、超すごい必殺技が使えるに違いないッス! ご教授願うッス!」
「顔が近い」
俺はため息まじりに両手を突き出して、迫り来るヨシュアくんの脂ぎった顔を押しのけた。
「何度も言うけど運がよかっただけだって。必殺技とやらが使えるなら、低ランクのハンターなんてしていない。だろ?」
「それはそうッスけど……」
「シズに教えを請うよりも、地道に槍の腕を鍛えるべきだと思うわよ」
見かねたのだろう。ダイアナが助け船を出してくれた。俺は船に便乗して大きく頷いた。
「その通り。自分を信じて時には周りを頼って、気の合う仲間たちと切磋琢磨するのが、上級ハンターへの近道だ」
「わかりました師匠っ!」
「だから、そういうのはやめてくれっての」
師匠とか柄ではない。子供の相手は好きだが、誰かを導けるほど人間はできていない。
俺が苦笑を浮かると、クロが両腕を広げてヨシュアくんの前に立ちはだかった。
「パパをいじめないで」
「え?」
幼女に因縁を付けられてヨシュアくんが戸惑っている。
若いとはいえ、ヨシュアくんは体格に恵まれている。
クロの倍くらいの背丈があるが、それでもクロはひるまなかった。
「シズさん、どうにかしてほしいッス」
ヨシュアくんも困ったように、俺とダイアナへ視線を投げてきた。俺は苦笑を浮かべてクロの頭を撫でた。
「護ってくれてありがとな。でも、大丈夫。いじめられてるわけじゃない。ヨシュアくんは悪い人じゃないぞ。昨日も会っただろ?」
「でもでも……」
「お兄さんは怖くないッスよ~。そうだ! オレの華麗なる槍さばき見るッスか? てや! はーーっ!」
何を思ったのか、ヨシュアくんはその場で槍を振り回し始めた。
「ぴゃーーーー!」
当然だが、クロは目を丸くして慌てて俺の背中に隠れてしまう。
「やっぱりこわい……」
「あれ? おかしいッスね。喜んでくれると思ったんスけど」
「いきなり槍を振りまわしたら誰だって引くわよ。騎士に通報するレベルだわ」
ダイアナが呆れたようにため息をつくと、クロを抱き寄せて頭を撫でて落ち着かせた。
「クロは誰かが目の前で傷つくのを見るのがダメみたい」
「そうなんスか。申し訳ないッス。驚かせるつもりはなかったんスよ。オレはただ自分の力を見てほしくて」
「チカラ?」
ヨシュアくんの言葉に反応して、クロがきょとんと首を傾げる。
ヨシュアくんは頷き、その場にしゃがみこんで視線を合わせた。
「クロちゃんはシズさんが好きっスか?」
「うん。パパ、優しいから大好き!」
「シズさんが泣いていたら?」
「クロも泣いちゃうかも……」
「そいつはいけないッスね。クロちゃんが泣いてたら、シズさんが余計に悲しむっス」
一歩ずつヨシュアくんに近づいていくクロ。
ヨシュアくんは慎重に槍をかざしてクロに見せた。
「大切な人を泣かせないためにオレは強くなろうと思ったんス。家族や村のみんなを護れるだけのチカラを手に入れるため、日々の訓練を欠かさないようにしてるんス」
「チカラ……? それがあると、みんなを護れるの?」
「そうッスよ。ちょーすげーパワーがあれば、家族や仲間を護れるッス。そうしたら、みんな笑顔になれるッス!」
「みんなが笑顔に……」
「大好きな人には笑っててほしいもんス。クロちゃんも、そうっスよね?」
「うん。パパに笑っててほしい」
「あはは。いい子ッスね」
ヨシュアくんはクロの頭を撫でたあと、拳をグッと握り締めて立ち上がった。
「それならクロちゃんもオレと一緒に強くなるッスよ。シズさんみたいな英雄を目指すんス!」
「えーゆー!」
初めて市場を目撃した時と同じように、クロの目がキラキラと輝く。
「クロもパパの笑顔のためにがんばるっス!」
「その調子っスよ! うおおおぉぉぉっ! やる気がみなぎってきた!」
「うおお~!」
クロはヨシュアくんの真似をして、両手を挙げて可愛い声で叫んでいた。実に微笑ましい光景だ。
「こうしちゃいられません。見廻り行ってくるッス! 最近、不審者が多いみたいなんで」
「くれぐれも無茶はしないようにね。何かあったら人に頼ること」
「わかってます。それじゃあ行ってくるっス!」
「ばいば~い」
オレとダイアナは手を振って、ヨシュアくんを見送った。気がつけば、クロも笑顔で手を振っていた。
猪突猛進なところはあるが、ヨシュアくんの実力は本物だ。自分の道を見つけたようだし、もう心配いらないだろう。
遠くなる背中を見送っていると、ダイアナが楽しそうに微笑んだ。
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