第34話 大事なお店なの。燃やさないで


「村の言い伝えについて他に何か知らない?」


「そうねぇ。嘘か本当かはわからないけど、炭坑が閉鎖されたのは聖神せいしん教会の圧力だったらしいわよ」


「どうして教会が? 崩落の危険があるから閉鎖されたんじゃないのか?」


 俺の問いかけに店長は「さあ」と肩をすくめる。


「詳しいことはわからないわ。ウチの爺さまがお酒の席で口を滑らせた程度の話だし」


「閉鎖された炭坑、竜の巣の言い伝え、それに教会……ね」


 店長の話を聞いたダイアナは顎を手で触りながらブツブツと呟き、思考モードに入った。

 こうなるとダイアナは周りが目に入らない。俺はダイアナの肩を叩いた。


「考察はあとだ。今は……」


「そうね。目ん玉かっぽじって、よく見なさい。これが噂のアースドラゴンから採取した特大の魔石よ!」


 ダイアナは琥珀色の魔石を取り出して、鼻息荒くカウンターの上に置いた。

 これには数々の魔石を鑑定してきた店長も大きく目を見開く。


「まあ! なんて大きな魔石! どれどれ……ふむふむ……へぇ……これは…………」


 店長は手袋を取り出して魔石に触れたあと、天窓にかざして石の中を覗き込んだ。

 しばらくして鑑定が終わると、今度は数珠玉を利用した携帯計算機(そろばんに形も使い方も似ている)を取り出した。

 パチパチと小気味良い音を鳴らして、査定額を弾き出す。


「こんなん出ましたけど」


「ひぃ、ふぅ、みぃ……」


 ダイアナがカウンターに身を乗り出して、数珠を指折り数える。

 すると、その目がカッと見開いた。


「たったの金貨5枚!? 相場より低いじゃない。いくらウチの家計がデュラハンだからって、足下見てると燃やすわよ?」


「ひえぇ! 大事なお店なの。燃やさないでっ!」


 店長はキモ可愛い悲鳴をあげ、慌てたようにカウンターの下から羊皮紙を取り出した。

 『家計がデュラハン』とは、こちらの世界の格言だ。

 デュラハンとは首なしの騎馬兵のことで、デュラハンを見た者は呪われて非業の死を迎えるという。

 家計がピンチで危なくて首が回らなくなる=デュラハンに呪われるぞ、という比喩表現だ。


「金貨5枚は当座のお金なの。残りは王都にある本店で受け取ってちょうだい。こんな高価な魔石、ウチじゃ買い取れないわ」


「王都の本店……宝石商ギルドの元締めだっけ?」


 俺は羊皮紙を受け取りながら、顎を撫でて店主に尋ねる。

 羊皮紙には店主のサインと共に、買い取りに関する細々とした契約が書かれていた。


「その契約書を王都の本店で見せれば、残額を受け取れるわ。ウチは信頼と実績の宝石商ギルド加盟店よ。騙したりしないから安心して」


 店長は微笑みながら、羊皮紙の押されている割り判を指さす。

 宝石商ギルドがシンボルとして採用している、金精霊グレムリンの意匠がデザインされた判子だ。

 神や精霊の力が強いティアラ・ノーグにおいて、神への宣誓や精霊との契約は言葉以上の効力を持つ。

 時には運命さえも決定づける大事な誓いゲッシュだ。信じていいだろう。

 店長はサインが終わった書面に目を通して確認したあと、丸めた羊皮紙と金貨の詰まった布袋をダイアナに手渡した。


「これで契約は完了よん。それじゃあ、はいこれ。金貨3枚と銀貨20枚」


「あら? 両替もしてくれて袋までくれるなんて、サービスいいわね。悪く言ってごめんなさい」


「いいのよん。村の英雄さまに敬意を表して。今後ともご贔屓に」


 店長はそう言ってウインクを浮かべると、笑顔で俺たちを見送ってくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る