第36話 息をしてるだけでも偉い!


「ヨシュアくん。出会った頃のシズみたいだったわね」


「俺、あそこまで熱血してたか?」


「覚えてない? かなり情熱的だったわよ? みんなの笑顔は俺が守るって、よく口にしてたじゃない。ひたむきで真っ直ぐで。エッチなところもあるけど頼りになって。そういうところに惚れたんだぞ」


「…………あざまーす」


「いま照れたでしょ。このこの~」


 そっぽを向いて礼を言うと、ダイアナは笑顔をこぼしながら俺の脇を突いてきた。


「うるさいな。ハグするぞ」


「どうぞ?」


 いつものやり取りと逆だ。恥ずかしくなって意趣返ししてみたが、ダイアナは余裕の表情で両手を広げてきた。

 人前だけど本当に抱いちまうぞコノヤロー。

 俺が悶々としてると隣に立っていたクロがダイアナに抱きついた。


「ハグハグ~」


「ふふっ。くすぐったいわ。急に甘えてどうしたの?」


「クロ、ママのことも護ってあげるね!」


「ママですって!?」


 ダイアナに衝撃が走る! ダイアナは全身を震わせると――


「もう一度、ワタシをママって呼んで!」


「なぁに? ママ?」


「はぁ~~~ん♪」


 ついには「はぁ~~ん」とか口走り始めた。

 ダイアナは恍惚とした表情を浮かべ、クロを抱き締める。


「なにこの可愛い生き物。スイートプリチーボイスで甘えてくるんですけど。天使かしら? 天使ね? 存在してくれてありがとう! 息をしてるだけでも偉い!」


「ふにゅぅ。頬スリスリしないで。くすぐったいよぉ」


「ふへへ。か~わ~い~い~。もっと意地悪したくにゃっちゃう」


「涎が垂れてるぞダイアナ。口調もおかしい」


 だけど、気持ちはわかる。俺だってクロのエンジェルスマイルにやられて、だらしない笑みを浮かべてしまった。

 そうやってダイアナが猫かわいがりしていると、クロのお腹が『くぅぅぅ……』と鳴いた。


「あうぅ……」


 クロは慌てたようにお腹を押さえて頬を紅く染めた。


「ふふっ。お腹空いちゃった?」


「今朝は朝飯を食べずに出てきたからな。買い物の前にメシにしよう」


「ごめん。あとはシズに任せるわ」


 俺がそう提案すると、ダイアナは申し訳なさそうに謝ってきた。


「遺跡へ向かう前に教会で調べ物をするって言ったでしょ? 教会の書庫なら、村の歴史が記された年代記も保存してあるはずだから」


「それはいいけど食事はどうするんだ?」


「向かう途中で串焼きでも食べるわよ。クロのお世話もよろしくね」


「ママ……」


 別れを察したのだろう。クロは不安そうにダイアナを見つめる。

 ダイアナは笑顔を浮かべて、クロの頭を撫でた。


「大丈夫よ。すぐに戻るから。それまでパパのことよろしくね」


「クロがパパを護るの?」


「できるかしら?」


「任せて! クロがパパを護る!」


「いい子ね。それじゃあまた後で」


 ダイアナはクロに笑顔を向けたあと、教会がある村の北側へと去っていった。


「オーガの居ぬ間に何とやらだ。クロ、パパとデートしようぜ」


「おデート!」


 クロをデートに誘うと、可愛い愛娘(仮)は諸手を挙げて喜んだ。

 クロは素直な子で良い子だ。目に入れても痛くないとはこの事だろう。

 けれど、愛しさが増すにつれて寂しさも募る。

 俺はクロの親代わりにすぎない。いつか別れなければならないのだ……。

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