第2話 異世界転生事始


「ここはいったい……?」


 意識はしっかりしている。

 声も出るようだ。手足も自由に動かせる。

 俺は立ち泳ぎを行う要領で身体を起こす。


 自分の身体を確認してみると、手足の先が半透明になっていた。

 向こう側が透けて見える。

 両手で頬を触ってみたが、肌に触れる感覚はおろか体温すらも感じられなかった。

 もしかして俺は――


「――――妙光院みょうこういん しずか……」


 どこからともなく自分の名前を呼ばれて、反射的に顔を上げる。

 声が聞こえた方向へ視線を向けると、銀色の冠を頭にかぶった金髪の美人が姿を現した。


「――――目が覚めましたか?」


 美人さんは右手に分厚い本。左手には荘厳な装飾が施された銀の槍を携えていた。

 何より特徴的なのが、背中に生えた綺麗な白翼だ。

 その姿はまるで宗教画に描かれた天使のようだった。


「俺はいったいどうなったんだ? あんたはいったい……?」


「アナタは不慮の事故に巻き込まれ、生命活動を終えました」


「不慮の事故? …………ぐぅっ!?」


 事故の内容を思いだそうとしたら頭が痛み出した。

 万力で側頭部を締め付けられたかのように、頭蓋骨が軋みをあげる。

 だが、その痛みのおかげで自分の最期を思い出せた。

 車道を自転車で走っていたら、カーブを曲がりきれなかったワゴン車がスリップ事故を起こして――


「死の瞬間は思い出さない方がよいでしょう。痛みと恐怖に耐えきれず、アナタの魂が消滅する恐れがあります」


「……そう、だな」


 自分の死に際なんて、わざわざ思い出したくもない。

 死因は理由はわかった。ここは素直に言葉に従おう。


「それであんたは……?」


「ワタシは魂の座の番人、太陽の女神スクルドと申します。以後、お見知りおきを」


「女神……? 魂がどうとか言ってたよな。もしかしてここは天国なのか?」


「似たようなものです。ここは彷徨さまよえる魂が集う死後の世界。生前に犯した罪を償うための浄罪じょうざいの牢獄」


 太陽の女神さまとやらは、そこで宙に浮かぶ星々を指差した。


「生けとし生きるすべての魂は、生前に何らかの罪を犯します。犯した罪の重さにより刑期は異なりますが、贖罪しょくざいが済むまで魂の牢獄に閉じ込められます」


「魂の牢獄……」


 警戒すべきだろうが、現状を知るための唯一の手がかりは目の前に浮かぶ光の球だけだ。

 俺は光球に近づき、疑問の言葉を投げかける。


 俺も頭上に浮かぶ夜空の星を見上げる。

 あの星の瞬きは罪を犯した魂の輝きなのか……。


「贖罪を果たした魂は生前の記憶ごと浄化され、別の生命として転生が叶います。魂の転生先を決めるのも、太陽神であるワタシに課せられた大事な使命なのです」


「なるほど。俺もこれからお星さまの仲間入りってわけだ」


 俺は己の運命を悟り、苦笑気味に肩をすくめる。

 けれど、女神さまはそこで首を横に振った。


「いいえ。妙光院みょうこういん しずか――――アナタには世界を救ってもらいます」




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