第3話 女神に与えられた選択肢

「世界を救う?」


 突然の申し出に面を喰らう。

 戸惑う俺を余所に、女神さまは右手に持った本を掲げた。

 すると触れてもいないのに本のページがめくられ、俺の目の前に立体映像が浮かんだ。


 映像に映っているのは、怪物の群れと騎士甲冑に身を包んだ戦士たち。

 戦場となっている大草原は荒れ果てており、遠くに炎が上がっていた。


「アナタがこれから向かうのは【ティアラ・ノーグ】と呼ばれる精霊力マナに満ちた幻想郷。剣と魔法のファンタジー世界、と言えば伝わるでしょうか?」


「急にわかりやすくなったな」


「アナタの思考を読み取りました」


「マジか」


「マジです」


「はは、マジかぁ……そっかぁ……」


 乾いた笑い声が漏れる。

 真面目そうな女神さまがオウム返しをしてくるとは思わなかった。

 俺の思考を読み取って口調を合わせたんだろう。


 信じがたい話だけど俺が死んだことは確かだ。

 女神さまの話も本当なんだろう。

 死後の世界で甲冑を着た女神さまと会話を交わしてるんだ。

 今さら魔法の世界がどうこう言われても驚かない。


「ようは、そのティアなんとかって世界を魔物の脅威から救えばいいのか?」


 俺は目の前に浮かんでいる映像を指差す。

 映像に映ってるのが剣と魔法の世界【ティアラ・ノーグ】だというなら、異形の怪物の正体はモンスターだろう。


「その通りです。現在、魔王が魔物の大軍勢を率いて人間の国へ侵攻を開始してします。状況は人間側が劣勢。魔物は精霊力マナを吸収することで力を増す危険な存在です。このままでは精霊力マナのバランスが崩れ、いずれ世界は崩壊するでしょう」


 俺の指摘に女神さまは頷き、左手に持っていた銀の槍を胸の前に翳した。


「魔王に対抗すべく、人間側は強力な精霊力マナをその身に宿す存在――勇者を召喚することにしました。その儀式に介入してアナタの魂を転生させます」


 銀の槍が光輝き、一瞬にして光の球に変化する。


「この光球にはワタシの力が宿っています。転生する際、光球を核にした特別な器を生成します。姿形は生前のアナタを模しておきますので、すぐに馴染むでしょう」


「赤ん坊からやり直さなくていいなら、それでかまわないけど……」


 神さまが作った体に転生するのか。まるでだ。


「意思の疎通に関しては問題ありません。現地で活動しやすいよう器に調整を施します。魔王を倒すための神衣かむいも授けましょう。必ずお役に立ちます」


「至れり尽くせり、ってわけか」


「何か問題でも?」


「俺の思考を読み取ってるんだろ?」


「…………なるほど」


 俺の問いかけに女神さまは得心したように頷いた。


「アナタを選んだ理由が知りたいのですね?」


「そうだ。俺はただの新聞配達員で勇者なんて柄じゃない。剣を握ったこともなければ魔法を使えるわけでもない」


「アナタを選んだのは、その身に純度の高い無色の精霊力マナを有してるためです」


「無色の精霊力マナ?」


精霊力マナとは生命の輝き。存在力そのもの。精霊力マナに宿った魂の色で、その者の運命が決まります」


「魂に宿った色で運命が決まる? それなら無色は?」


「無色とは、何者にもなれないことを意味します。妙光院みょうこういん しずか――アナタの運命は、なのです」


「俺は何者にもなれない……」


 女神さまに『おまえは無能。夢も希望もない』と烙印を押されたようなものだ。

 かなりショッキングな話だが、不思議と受け入れている自分もいる。


「ですがそれは元いた世界に限っての話。精霊力マナが乏しい世界では、その才能は開花せずにいました」


「まあそうだな。文明が発達した現代社会で、精霊力マナがどうこう言われてもピンとこない」


 幼い頃から霊感が強かった気がしなくもないが、役に立った試しはなかった。

 悪いことが起こる前に虫の知らせがする程度で、精霊とやらの姿が見えたこともない。


「アナタがこれから向かう【ティアラ・ノーグ】は、精霊力マナに満ちた世界。そこでならアナタの才能は遺憾なく発揮されます」


 女神さまはそう語りながら、手のひらの上に浮かんでいる光球に視線を向ける。

 すると光の球が伸縮を繰り返し、無秩序に形を変えた。


「無色透明で高い強度をもつアナタの魂なら、女神であるワタシの力に耐えうるでしょう。五大精霊とは異なる光の精霊力マナを自在に扱えるのです」


「……なるほどな」


 女神さまの説明を受けて俺は肩をすくめた。


「たまたま拾ったガラクタの値段を調べてみたら、ソイツが高く売れそうだったんで修理してオークションに出そうとしてるわけだ。玩具の兵隊、一体1,000円ってな」


「アナタが怒るのは無理もありません。ですが……」


「なんだ? もったいぶらずに言ってくれ」


「アナタには心残りがありますね?」


「それは……」


 さすがは女神さまだ。図星だった。

 思い浮かぶのは施設にいたガキたちの顔。

 俺に期待して、優しい言葉をかけてくれた施設長。

 突然すぎて実感が湧かなかったけど、未練があるかと訊かれたら。


「みんなの期待に応えられなかったのが、未練と言えば未練だろうな」


「――妙光院みょうこういん しずか


 女神さまは俺の名を呼び、真剣な眼差しを向けてくる。


「ワタシの手を取れば、記憶を保持したまま魂の転生が可能です。断れば生前の記憶を失い、まったく別の命として生まれ変わることでしょう」


 そう言って女神さまは、白くて細い指先を俺の前に差し出してきた。

 本能で理解する。

 この手を取ったが最後、俺の魂はティアラなんとかという世界に飛ばされるだろう。


「何者にもなれないとはつまり、選べる未来が無数にあるということ。アナタの意志で、を選びなさい」


「ここから先、か……」


 女神さまは言った。俺はと。

 誘いを断って再スタートするのも悪くない。

 選択を迫られた記憶ごと消えるなら、後悔もしない。

 それなら俺は――

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