第29話 噛んでない。ハグするわよ


「あの子、どうしてワタシには懐かないのかしら。シズにはベッタリなのに」


「十分懐いてるのは思うけど……まあアレだな。ダイアナをライバル視してるのかもしれない」


「パパを取られるかもって? 出会って半日も経ってないのに? あの子、何様なの?」


「そうやって敵意を剥き出しにするからクロも壁を作ってるんだよ」


「むうぅ! でもでも!」


 思い当たる節があるのか、ダイアナは言葉を詰まらせる。

 だが、納得はしていないようだ。口を尖らせて抗議の声をあげた。


「ダイアナの気持ちもわかるけどな。それこそパパが取られるかもしれないわけで」


「ワタシは別にそんな……」


「安心しろ。告白した日から想いは変わらない」


 俺はダイアナに近寄ると、そっと顎に手を添えた。


「好きだよ。ダイアナ」


「~~~~~~~~~~~~!」


 あ、首まで真っ赤になって悶えてる。可愛いなコノヤロウ。


「なによ。さっきはクロのことを護るとか言ってたじゃない。浮気よ浮気」


 ダイアナは頬を赤く染めたまま、俺の視線から逃れるように顔を背ける。

 俺はダイアナを逃がさないように壁際まで追い詰め、と腕を突き出した。


「護るべき女の子はこの世にたくさんいるが、愛してるのはおまえだけさ。ドヤァ」


「うぅ……そんな真面目な顔で迫られると反応に困りゅと言うか……」


「噛んだ」


「噛んでない。ハグするわよ」


「どうぞ?」


「……っ! や、やっぱりそういうのは後で! エッチなのはまた明日っ!」


 ダイアナは身を屈めて俺の腕をかいくぐると、壁から離れた。

 プン、とそっぽを向くけれど耳の裏まで真っ赤になっているのがわかる。


 生まれも育ちも関係ない。俺は本気でダイアナを愛していた。

 魔王退治に費やした3年の間に心を決め、結婚したあとも想いは変わらない。

 魔王を倒したあと、俺は元の世界に戻れなかった。

 いや、戻らなかった。

 再度転生させるというスクルドの誘いを断り、俺はダイアナとの生活を望んだ。

 死ぬまで一緒にいるつもりだけど、時の流れは残酷だ。

 別れの時はいつか必ず訪れる。だから今を大切にしたい。

 その気持ちはクロに対しても同じで……。


「あの子、いつまで置いておくつもり?」


「記憶が戻るか、親が見つかるまでだ」


「見つからなかったら? 孤児の可能性は高いわよ」


「そのときは最後まで面倒みる。ダイアナだってそのつもりで賛成してくれたんだろ?」


「……そうね」


 俺の問いかけにダイアナは言葉を溜めてから頷いた。


「あの子とワタシは似てる。気がついたら周りに誰もいなくて。誰かが傍にいてくれないと、きっと不安で押しつぶされちゃう」


「ダイアナ……」


「ワタシだってあの子の保護者のつもりよ。なれるかどうかは別としてね」


「大丈夫。ダイアナならいい母親になれるさ」


「どうしてそう言い切れるの?」


 ダイアナは後ろを振り向いて俺に尋ねてくる。

 俺はダイアナの頭をそっと撫でて、歯を見せて笑ってみせた。


「ダイアナは根が優しくて頑張り屋な、俺の自慢の嫁さんだから」


「えへへ♪ それほどでもあるけど~」


 ダイアナは子猫のように目を細め、俺に頭を撫でられていた。

 クロの頭を撫でまくっていたから嫉妬していたのかもしれない。


「へんしんかんりょー! パパ。ご飯ご飯!」


 ダイアナとイチャついていると、寝間着に着替えたクロが二階から降りてきた。元気に俺たちの周りを飛び跳ねる。


「クロに先を越されたな。ダイアナは夕飯お預けだ」


「そんな! 待ってなさい。今すぐドレスに着替えてくるから!」


「急がなくていいよ。クロがパパを独り占めにするから」


「ムキー! パパは誰にも譲らないんだからね!」


「ダイアナまでパパって言うな。背中が痒くなる」


 ダイアナは猿のような叫び声をあげながら急いで二階へ向かった。本気でドレスを引っ張りだしてきそうな勢いだ。


「パパ、か……」


 いつかダイアナとの間にも子供ができるんだろうか。

 子供は授かりモノだ。未来のことは太陽神スクルドにしかわからない。





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