第30話 秘密を抱えた少女


 それから俺たちは一緒に食卓を囲み、ミルクスープで腹を満たした。

 甘い味付けは子供舌な二人に好評で、クロはおかわりをねだってきた。

 食事が終わるとウトウトとし始めたので、ダイアナがクロを二階の寝室へ連れて行った。

 しばらくして、ダイアナが二階から降りてくる。

 手には白樺の杖を持ち、ネグリジェの上に羊毛で編んだストールを羽織っていた。


「クロは?」


「横になった途端、眠っちゃったわ」


「無理もない。腹も膨れて緊張の糸も切れたんだろう」


 森から村までは強行軍だった。

 広場であれこれと事情を訊かれた上に、慣れない家での食事だ。心身ともに疲れ切っていたはずだ。

 俺はかまどの残り火で湧かした麦茶をカップに注ぎ、テーブルに座ったダイアナの前に差し出した。


「夜はまだ冷えるな。あったかいものどうぞ」


「あったかいものありがとう」


「ダイアナの目から見てクロはどうだ?」


「う~ん……正直よくわからないのよね」


 ダイアナは麦茶で喉の渇きを潤しながら、クロに関する所見を述べた。


「シスターが使った感知の奇跡とは別に、精霊を通してクロのマナを調べてみたのだけど……」


「その様子だと何もわからなかったわけか」


「シスターの言う通り、クロのマナにプロテクトが掛かってるみたい」


「ダイアナでも解除できなかったのか?」


「そうよ。天才精霊術士のダイアナさまでもね」


 ダイアナはカップをテーブルに置いてから、虚空に向かって指を突き立てた。


「この世界には精霊があまねく存在するわ。竈の炎や、青葉を揺らす薫風くんぷう、川のせせらぎや、荒々しい岩肌。金属にだって精霊は宿ってる」


 そう説明するダイアナの指先に、小さなトカゲがまとわりついた。

 尾っぽに炎が宿っている火の精霊、火蜥蜴サラマンダーだ。

 小ぶりなサイズなので、茶を沸かす時に使った竈の残り火に宿っていた精霊だろう。


「それはこの地上で暮らす生命……人間や動物、植物や昆虫、魔物だって例外じゃない。出身地や種族、性格や身体的特徴によって、風火土金水の五大属性いずれかの精霊力マナを内側に宿すものなの」


 ダイアナは人差し指を甘噛みする火蜥蜴サラマンダーを愛しそうに見つめながら、続きを話す。


 生命に宿る精霊力マナは、種族や生まれた土地、育った環境に大きく依存する。

 火山に生息する魔物は炎の精霊力マナを宿し、港町で生まれ育った漁師は水の精霊に愛される。

 体に宿る精霊力マナの属性によって、種族や血統、大まかな出身地がわかるわけだ。


「だけど、クロはプロテクトのせいで精霊力マナを上手く読み取れない。黒髪だから南方の血が混ざってるとは思うけど、パヴァロフは人の出入りも激しいから」


「身体的な特徴だけでは身元を割り出すのは不可能、ってわけか」


「エルフみたいに長耳が生えているわけでもないし、ドワーフのような頑健な身体のつくりもしていない。それと……」


「魔石も見当たらなかった、か」


「疑いたくなかったけど、人間の姿をしている魔物もいるからね」


 ダイアナは、ばつが悪そうな表情を浮かべる。

 ティアラ・ノーグには人間の他にも、エルフやドワーフといった亜人。寓話に出てくる幻獣や神様も実在する。

 そして、人型の魔物も……。

 人の姿形をしているからと言って、であるとは限らないのだ。


「クロはアースドラゴンの遺灰から見つかった。光の球で護られたみたいだけど、アースドラゴンがクロを体内に取り込んでいたのは事実よ」


「クロがアースドラゴンを操っていたのか? もしくはアースドラゴンそのものとか」


「クロが魔物だったならその可能性も考えられたけど、そういうわけでもない」


「マナにプロテクトが掛かっているから、これ以上はわからない……か」


「そういうこと。だから視点を変えましょう」


「視点を変える?」


「クロを見つけた場所――神殿を調べるの」


 ダイアナはそう言うと琥珀の魔石をテーブルの中央に置いた。

 夕方の戦いでアースドラゴンから採取した魔石だ。


「言い伝え通り、アースドラゴンは”竜の巣”――閉鎖された炭坑の奥で眠っていたのでしょう。ヨシュアくんが目撃した神殿跡に封じられていたんだと思う」


「ソイツが何らかの原因で目覚めたわけか。それってダイアナが感じてた精霊のざわめきと関係あるのか?」


「それを確かめるためにも神殿を調査する必要があるわ。神殿の謎を解き明かせば、クロが何者かわかるかも」


「そうだな……」


 クロとアースドラゴンは切っても切り離せない関係にある。

 クロに過去の記憶がなく、アースドラゴンも倒したとなれば残りは神殿を調べるしかない。

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