第22話 魔の鉱山へ


「ノックノック。聞こえてる?」


 ダイアナは落ち着いた色合いの赤い外套を羽織り、中間着としてワッチ織りの真っ白なセーターを着込んでいた。

 スカートが短めなのはダイアナの趣味だ。

 可愛さと動きやすさの両立を目指したらしい。

 そんなダイアナは、白樺の木で作った杖の先端で地面をノックしながら慎重に歩みを進めていた。


「さっきから何をしてるんスか?」


「地面を杖で叩いて土の精霊である土鬼ノームとコンタクトを取ってるのよ。足場が崩れやすくなってるから危険な場所があったら教えてねって」


「精霊にばかり頼らないで、自分の目でも足下を確認しろよ。ダイアナはただでさえ運動音痴なんだから」


 俺たちが進んでいる森は鉱山の麓にあった。

 地震の影響で落石や地割れが発生しており、起伏も激しい。

 よそ見をしたら思わぬところで転んでしまうだろう。


「そうだ。パパがおんぶしてやろうか」


「子供扱いしないでよね。これくらいの山道、なんてことな……きゃわっ!」


「おっと!」


 言ってるそばからこれだ。ダイアナは木の根っこに足を取られて転びそうになる。

 俺は咄嗟に両手を伸ばして、背後からダイアナを抱き締めた。そのまま肩の上まで持ち上げる。


「高いたかーい」


「だから子供扱いすんな!」


 ダイアナは頬を膨らませて手足を振り回して抵抗する。まるで抱っこを嫌がる子猫だ。

 仕方なく俺はダイアナを地面に降ろして頭を撫でた。


「だから言ったろ? 抱っこされるのが嫌なら注意して歩けよ」


「べ、別に抱っこされるのは嫌じゃないのよ。子供扱いされるのが嫌なだけ」


 ダイアナは耳まで真っ赤にさせて首を横に振る。


「大人な抱っこしてくれるなら、むしろ喜んで受け入れると言いますか……」


「今日からここをキャンプ地とする! 可愛い嫁さんを今すぐハグしちゃうぞ!」


「きゃーん♪」


 俺はダイアナを再び抱きしめて、頬にキスをしようとして――


「真面目にやってもらえます? イチャイチャしてる場合じゃないッスよ」


「ごめんなさい……」「ごめんなさい……」


 ヨシュアくんに怒られてしまった。

 悪いと思ったら新人ハンター相手にも頭を下げる。

 分別があるのかないのかわからない熟練夫婦ハンターだと、ギルド内でも評判(?)だ。


「ヨシュアくんが見た遺跡って、位置的には”竜の巣”の真下なのよね?」


 気を取り直して、杖で地面を叩きながら慎重に歩みを進めるダイアナ。

 先頭で道を切り拓いているヨシュアくんは、前を向きながら頷いた。


「そうッスけど、ワッチ村に生まれて15年。坑道の下に遺跡があるなんて知らなかったッス」


「地元の人間も知らない古代の遺跡か。ギルドで話に出ていた探索クエストとも関係ありそうだな」


「遺跡の入り口が開いたのは地震の影響でしょうね。元々緩くなっていた地盤が崩れて穴が開いたって、土鬼ノームも言ってるわ」


 ダイアナの発言を受けて、ヨシュアくんが何かを思い出したかのように頷く。


「親父から聞いたことがあります。坑道が閉鎖されたのも崩落の危険があったからだって」


「崩れかけの坑道か。そんな危険な場所にゴブリンが生息してるのか? いくらジメジメしたところが好きで夜目が利くからって、他に住むところあるだろ」


「ゴブリンは地震が発生する直前に姿を現したみたい。それまで坑道には誰も住んでなかったそうよ」


 土鬼ノームから直接話を聞いているのだろう。俺の質問にダイアナが答える。


「ただ、いつどうやって姿を現したのかはわからないって。身の危険を感じた土鬼ノームたちは坑道から離れちゃったみたいで」


「自然と共に暮らす精霊が土地から離れるなんてこと、あり得るのか?」


「あり得ないわね。自然の摂理に反するもの。つまり、それほどの異変が発生してるってこと」


「ダイアナの読みは当たってたわけか……」


 ゴブリンが異変に関与しているのかは不明だが、地震の発生前に姿を現したとなると無関係とは思えない。




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