第21話 ウチのヨシュア、知りませんか?


 新緑の香りけぶる深い森の中を、身なりの異なる三人のハンターが歩みを進める。

 山から流れる渓流が岩間を伝い、漂う空気は涼やかだ。

 俺とダイアナが森に入ってからすでに4時間が経過していた。

 背の高い木立の合間から強い西日が差し込み、薄暗い足下を照らし出す。


「シズさん。その地図、本当に合ってるんスか? さっきから道を迂回しまくってるんスけど」


 パーティーの先頭を進むのは、プレートアーマーを着込んだ赤い短髪の少年――槍使いフェンサーのヨシュアくんだった。

 ヨシュアくんは鉄槍を片手に携えながら、苛立ったように声をかけてくる。


「道は合ってるよ」


 俺はパーティーの最後尾に位置取りながら、マップを開いて現在地を確認する。

 ヨシュアくんに比べて俺の装備は軽装だ。

 防具は左腕のガントレットと、皮の胸当てだけ。

 これが拳闘士グラップラーとしての俺の標準装備。

 両手が空いているので地図を持ち、三人分の食糧と荷物を背嚢に詰め込んで背負っている。体力だけは無駄にある格闘系クラスの本領発揮だ。


「このまま目印を辿っていけば、”竜の巣”に辿り着くはずだ」


 森のマップはゴブリンに襲われた狩人から借りたものだ。

 熟練の狩人しか知らないような、森の抜け道が書かれている。

 森の至る所に紐やペイントで目印が残されており、マップと照らし合わせることで現在地を確認することができるのだ。


「急がば回れって言うだろ? 地元の狩人が使ってる地図だ。ルート通りに進めば無駄に体力を使わずに済む。真っ暗な森の中で敵に増援を呼ばれたら万事休すだ」


「それはそうッスけど……」


 ヨシュアくんは不服そうに唇を尖らせる。

 けれど、それ以上は強く言ってこなかった。

 救助されたくせにワガママを言ってる自分の立場がわかっているんだろう。



■□■□■□■□■□



「ちょっと待って!」


 ダイアナは真剣な表情で叫んだ。


「なんだよ。まだダダをこねるつもりか」


「いいから離す」


 有無も言わさぬ物言いだ。ダイアナはこういう時、テコでも動かなくなる。

 俺が手を離すと、ダイアナは掲示板に近づいてある依頼書を指差した。


 ――――――――――――――――――――――――


 急募。ランク不問。

 森で行方不明になった新人ハンターの捜索。

 ウチのヨシュア、知りませんか?

 詳しくは受付にて。


 ――――――――――――――――――――――――


「この依頼の詳細を教えて」


「少々お待ち下さい」


 依頼内容がメモされているのだろう。

 お姉さんはカウンターに置いてあった羊皮紙の束を手に取ると、詳細を説明してくれた。


「お二人は槍使いフェンサーのヨシュアくんをご存じですか?」


「この村出身のハンターですよね。半年前に成人の儀を迎えたばかりの新人くんだ」


 お姉さんの質問に俺が答える。

 ハンターの知り合いは少ないが(ボッチだからな!)挨拶くらいはする。前に一度、ヨシュアくんとも顔を合わせたことがあった。


「ヨシュアくんはハンターになるのが子供の頃からの夢で、毎日のように槍の修行に励んでいました。将来を属望された実力とやる気のある男の子なのですが、そのやる気が空回りすることも多くて……」


「ははーん。さては高難易度のクエストを受けたんだな。暴れ猪退治とか」


「いいえ。山の麓にある森での野草採取クエストに出かけました。ヨシュアくんもシズさんと同じく低ランクのハンターですから。ギルドの方で受注制限をかけています」


「子供でも受けられる簡単なクエストじゃないか。どうして捜索願いが出されてるんだ?」


「だからこそ、でしょ?」


 俺が疑問に思って顎髭を撫でると、隣に立っていたダイアナが澄まし顔で呟いた。

 受付のお姉さんが真剣な表情で頷く。


「そうなんです。半日で終わるようなクエストなのに、日が落ちても帰ってこなくて。心配になった親御さんがギルドに駆け込んでいらしたのです」


「裏の森で消息を絶った、か」


「狩人がゴブリンに襲われたのもこの森なのよね~」


「なるほどな」


 ダイアナがクエストを気に掛けた理由がわかった。


「このクエスト、俺らで引き受けるよ」


「よろしいのですか?」


 俺が即決すると、受付のお姉さんが呆気に取られたように目を丸くした。


「危険度がわからないので、ギルドとしてはまず斥候スカウトに調査依頼を出そうと思っていたのですが」


「それじゃあ遅すぎる。ゴブリンが組織だって動いてる可能性があるんだ。捜索隊を編成してる間に手遅れになる」


「そうこなくっちゃ! やっぱりシズはシズのままよ」


 俺の言葉を横で聞いていたダイアナは、指を鳴らして嬉しそうに声をあげた。


「何だかんだ言いつつ人助けしちゃうんだから。でも、そういうところが好き。さすがはワタシの勇者さまね」


「勇者さま、ですか……?」


 ダイアナの発言を受けて、受付のお姉さんはさらに驚いた表情を浮かべる。

 俺は苦笑を浮かべて、ダイアナの頭を撫でた。


「モノの例えですよ。こう見えてこいつ、俺にベタ惚れなんで」


「こらー! 誰がベタ惚れよ。惚れたのはそっちが先でしょ」


 子供扱いされたのが気にくわなかったのだろう。

 ダイアナは頬袋を膨らませながら俺の胸をポコポコと叩いてきた。


「あの~、痴話喧嘩でしたら外でやってもらえると助かるのですが……」


「ごめんなさい……」「ごめんなさい……」


 お姉さんに怒られてしまった。俺とダイアナは揃って頭を下げる。

 やかましいけど素直な夫婦だと村でも評判だ。


■□■□■□■□■□


 そうして森に入ってから2時間後、森の奥にある小さな湖の畔でヨシュアくんを発見した。

 ヨシュアくんは村の出身で、幼い頃から森に入っていたはず。

 遭難した理由はわからないが、五体満足で動けるなら飲み水を確保するために湖に立ち寄るはずだと見当をつけたのだ。

 予想が的中したこともあり、短時間の捜索でクエストをクリアできた。

 ダイアナの本命は森の調査にある。

 ヨシュアくんを村に連れて行き、調査に本腰を入れようとしたところ。


「大変っスよ! 怪しいゴブリンどもが怪しい遺跡で怪しい儀式をしてるっス! 怪しさ大爆発っスよ!」


「なるほど。怪しいことだけは伝わったよ」


 ヨシュアくん曰く。

 山の麓で野草採りをしていたら、見たこともない縦穴を発見。

 興味本位で中の様子を探ったところ、洞穴の奥でゴブリンたちと遭遇。慌てて逃げ出したそうだ。

 それから一日中、木陰で息を潜めてゴブリンの動向を窺っていたらしい。

 その理由は――


「ゴブリンを退治して名を上げてやるっス! 疾風怒濤しっぷうどとうのナイトフェンサー・ヨシュアの伝説はここから始まる」


「よし。殴ってでも連れて帰ろう」


「わーーー! 待ってほしいッス! これから森の調査をするんスよね? 荷物持ちでも何でもするんでパーティーに加えてほしいッス!」


 前評判通りヨシュアくんはアホ……じゃなかった。血気盛んな若者だった。

 俺としては問答無用で親元に帰したかったのだが、そこでダイアナがヨシュアくんの話に興味を持ってしまった。


「未知の遺跡! 奥から湧き出てくるゴブリン! 血湧き肉踊る大冒険の予感がするわ! いいわよ。ついてきなさいヨシュアくん。アナタを助手2号に任命してあげる!」


「あざーっす! オレたちの手で村に平穏を取り戻しましょう!」


「えいえいおー!」「えいえいおー!」


 という感じでまさかの意気投合。

 ワガママな子猫と無鉄砲な子犬に振り回された俺は、言うことを聞かせるために妥協案を提示した。


「わかった、連れて行くよ。だけど、調査するのは遺跡の入り口までな。危険と判断したらすぐに村へ戻る。それでいいな?」


「は~い、シズ先生」「は~い、シズ先生」


「誰が先生だっ!」


 というわけで、オレたちは即席でパーティーを組んで遺跡の入り口に向かうことにした。


 現実問題として、ゴブリンを放置するのはマズイ。

 『ゴブリンを1匹見たら30匹はいると思え』というのが、こっちの世界の格言だ。

 実際、道中で3匹1組のゴブリン警邏隊を発見。

 他にも、毒矢のトラップや足吊りの罠が仕掛けられているのを見つけた。知性の高い上位クラスのゴブリンが群れを指揮しているのだろう。

 もしも村を襲うつもりで森を占拠しているのだとしたら放置するのは危険だ。

 ダイアナの言う通り、災いの芽は早めに摘んでおくに越したことはない。

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