第20話 森の異変


「機織りの仕事はいいのか? 夕方までかかるって言ってただろ」


 俺は乾燥熟成されたラム肉をつまみ食いしつつ、ダイアナに尋ねた。

 ダイアナは村の工房に通い、村の奥さま連中と一緒に織物を作って生活費を稼いでいる。

 特殊な技術で加工するワッチ織の羊毛セーターは王都でも人気があり、村の大事な収入源になっているのだが……。


「今朝、工房長の旦那さんが足に怪我を負って戻ってきてね。騒ぎになって作業を中断したの」


「工房長の旦那さんって狩人だったよな」


「そうよ。森に入って野草を採取したり、野鳥を捕ったりして生計を立てているの」


 いつものように裏の森へ入ったところ、岩場で怪しい人影を見つけたらしい。

 密猟者かと思って追いかけたら、ゴブリンの群れに襲われたというのだ。

 深手を負ったものの、シスター・クレアが治療を施したので大事には至らなかったようだ。


「臆病な性格のゴブリンが人里近くに姿を現すなんて。しかも群れで襲ってきたのか」


「モンスターを統治していた魔王が退治されたのに妙な話でしょう? だから気になって精霊に訊ねてみたの。そうしたら森の奥がざわついてるらしくて」


「森で異変が起きてるわけか」


 ダイアナは精霊術を操る精霊術士エレメンタラーだ。

 精霊とは万物に宿る超自然的な存在だ。マナ――精霊力が具現化したものとされる。

 常人よりも高い精霊力マナをその身に宿す精霊術士エレメンタラーは、風火土金水の五大精霊と意思疎通を図れる。

 精霊術とはそんな五大精霊の力を借りて、あらゆる自然現象を意図的に発生させる秘術だ。剣と魔法のファンタジー世界でいうところの【魔法】にあたる。


「具体的に何が起きてるかわからないのか?」


「村から距離があってさすがにね。風妖精シルフに”風の噂”を聞いた程度よ」


 ダイアナは子羊のソテーを食べ終わると、ハンカチで口を拭いてから俺の目を見て言った。


「というわけで、現地に行って直接調べたいのだけれど」


「却下だ」


「なんでよ!?」


「何度言えばわかるんだ。おまえはいつもそうやって自分から危険なことに首を突っ込もうとする。心配するこっちの身にもなれ」


「精霊がざわつくほどの異変なのよ。噂のゴブリンが悪さをしてるに違いないわ。真相を解き明かさないと夜も眠れない」


「そいつは困るな。ダイアナに添い寝してもらわないと寝付きが悪くなる」


「でしょでしょ? だから愛する奥さんを快く送り出しなさい。こんなおもしろそう……もとい、危なそうな事件を見過ごすわけにはいかないわ」


「いま本音がポロリしたよな」


「村にいる精霊術士エレメンタラーはワタシしかいないんだから、ワタシが行かないと真実は永遠に闇の中よ。異変が起きてることだけは確かなんだから」


「それはそうかもだが、俺はこの村でのんびり暮らしたいの。ダイアナだって俺の意見に賛同してくれただろ? だからこうして一緒にいるんだ」


「でもでも、やっぱり気になるもの。手遅れになる前に災いの芽は摘んでおかないと。悔しい思いはもう二度としたくない」


「ダイアナ……」


 ダイアナはジュースの入ったジョッキをテーブルに置くと、窓の外をぼんやりと眺めた。

 今は亡き故郷を思い出しているのだろうか。


「はぁ……わかったよ。降参だ。そんな顔をされたら断れない」


「それじゃあ!」


 ダイアナは前のめりになって、子犬のように目を輝かせる。

 俺は両手を突き出してダイアナを制止した。


「そう慌てるな。まずはギルドに話を通そう。森は村が管理している。勝手に調査するわけにはいかない」


「わかったわ。善は急げよ。さっそく相談しに行きましょう」


 ダイアナはジョッキと代金をテーブルの上に置くと、急ぎ足でカウンターへと向かった。


「お行儀がいいんだか悪いんだか」


 水の味にも飽きてきたところだ。苦笑を浮かべてダイアナを追いかける。

 受付のお姉さんはカウンター脇の壁面に設置されている掲示板の前に佇み、張り紙を取り替えていた。


 ――――――――――――――――――――――――


 魔王軍幹部を討伐した者に、特別報償を授与。


 宝物庫の番人 邪精王スプリガン 賞金5000万

 魔王軍諜報員 獣人ツクヨミ   賞金100万


 ――――――――――――――――――――――――


「ごせんまん……」


 高額報酬の掲示が目に入ったのだろう。ダイアナの目が金貨に変わっていた。


「ねえ、シズ。今からでも魔王軍の残党狩りに……」


「そういうのとは縁を切っただろ。残党狩りは”勇者軍”にでも任せておけばいいの」


 俺はダイアナの頭を抑えると、強引にお姉さんの方を振り向かせた。


「すみません。ちょっと相談があるんですけど」


「クエストの受注でしょうか?」


「実は……」


 俺とダイアナは、森で起きた異変について受付のお姉さんに話した。

 話を聞き終えたお姉さんは腕を組んで、渋い表情を浮かべる。


「今から調査に向かうのは難しいかもしれませんね」


「どうしてよ」


「実は先日、他の町のギルドから正式なクエストが出されたんです。調査対象はワッチ村の郊外にある”竜の巣”。調査に当たるのは依頼主でもある探索者エクスプローラーで、募集しているメンバーはシルバークラス以上のハンターさんだけだとか」


「”竜の巣”ってたしか……」


 俺の呟きをダイアナが引き継ぐ。


「ワッチ村の近くにある鉱山よ。村の言い伝えだと、坑道の一番奥にドラゴンが住んでるのだとか」


 ダイアナの説明を受けて、受付のお姉さんが口に手を当てて微笑んだ。


「子供を鉱山に近づけさせないための作り話ですけどね。坑道を抜ける風の音が竜の咆吼に聞こえるんです。実際にドラゴンの姿を見た人はいません」


「それならどうして調査依頼が出されたんですか?」


「そこまでは私も。詳しいお話は依頼を出された探索者エクスプローラーさんに直接お訊ねください。明日の昼頃、村に到着します」


「ふむ……」


 ハンターはその実力と成果に応じて、5つの階級クラスに分けられる。

 駆け出しは【ブロンズ】で、その次が一番人口が多い【シルバー】クラス。

 昇格するにはコネも必要となる【ゴールド】、【プラチナ】と続き、最上位が【ブラックメタル】だ。

 ハンター2年目の俺はブロンズクラスで、危険度が低い村の見廻りや家畜の世話など雑用系のクエストしか回ってこない。

 調査クエストに参加できるのはシルバークラスのハンターだけなので、残念ながら俺は戦力外だった。


「だけどまあ。話を聞くだけならタダだし、明日会ってみるか」


「そんな悠長なことをしてる暇はないわ。先を越される前にワタシたちで調査しないと!」


「言うと思った。けど、無理はものは無理だ。他で正式に依頼が出されてるなら俺らの出る幕はない」


「でーーーもーーーー!」


「はいはい。もう行くぞ」


 俺はわめき立てるダイアナの首根っこを掴むと、受付のお姉さんに頭を下げる。


「お騒がせしました。明日、クエストの依頼者と会わせていただけますか? 村人Aとして情報提供できると思います」


「かしこまりました。こちらで手配しておきますね」


「よろしくお願いします」


 俺はお姉さんにもう一度頭を下げてから、ダイアナを連れてその場を去ろうとして――


「ちょっと待って!」


 ダイアナは真剣な表情で叫んだ。




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