第三話 『記憶』の理由
「──っていう、事があったんだよ」
「お、おう……」
「えっと……、つまり、死んだ後、太陽神を名乗る何者かに解決を依頼されて、それを引き受けて」
「うん」
「〝合わせ鏡〟をなんとか出来る凄いパワーと、タイムトラベル能力をもらった、と?」
「合ってるよ」
一旦目頭を押さえて、それから寿樹に顔を向け直す。
正直、目の前にいる寿樹という人間にそういう力があるとは思えない。確かに、彼女は私にとって凄い存在だが、それは人間の範疇での話だ。
「滅茶苦茶を滅茶苦茶で煮込んだような話にしか聞こえないんだけど……」
「うん、わかりみがヤバイ。でも、こうして私はここに存在しているワケだから、あの声と光る右手の主が『人智を超えたなにものか』だったのは、確かだろうね」
「あとさ、仮に会話したのが正真正銘神様だとしてさ……フランクすぎない?」
「僕もそう思う。その辺聞いとけば良かったかも」
「また話す機会、あるの?」
「さあね。納得してもらえた?」
「うーん……納得しきれてないけど、それだと話が進まなそうだからとりあえず納得しておく」
「あはは、すまんね綾音……口ん中乾いちゃった、私もなんか飲む」
寿樹は私にことわりを入れて、冷蔵庫から
ふう、と一息ついて、
「さて。さっきの話でも触れたけど、次に話すのは、私のタイムトラベル能力──くれた人曰く、〝蒔き直し〟の力について、だね」
蒔くは草かんむりに時間の時って書くやつね、と前置いて、飲み物をもう一口飲んでから続ける。
「読んで字の如く、『物事を最初からやり直す』っていう能力で、やり直す当人の経験の持ち越しと、やり直すポイントを指定出来る。使えるようになる条件は、僕が死ぬか、
「えっと……?」
「綾音には、ゲームのセーブとロードの内セーブがない、プレイヤーの経験値でクリアするゲーム、みたいな感じって言えば分かりやすいかな」
「……ファミコンの頃のマリオみたいな?」
「あー、近いかも。あれは残機制で、全部なくなったらゲームオーバーだけど」
「二面のワープ土管も使えない感じ?」
「何それ?」
「えっ? ……あっ、ごめん!」
「いや、いいよいいよ。もうクリアしてるから。……それは置いといて、」
寿樹はそう言いながら、両手で持ったペットボトルを持ち上げて横に動かすようなジェスチャーを行い、
「ここまでの前提があって、綾音が見たっていう、『身に覚えがない記憶』の推測に初めて踏み込めるんだ」
それを聞いて、私は頷いた。──真剣な表情に、なっているのだろうか。
寿樹はスポーツドリンクで口を湿らせ、
「結論から言うと、恐らく僕の〝蒔き直し〟に巻き込まれたんだと思う」
「その力……〝蒔き直し〟って、こう、効果範囲とか、あるのか?」
そう質問すると、寿樹は首を振った。
「いいや、範囲は自分一人だけ。一回、道具を持ち越せないかなって試した事あるんだけど、駄目だった」
「じゃあ、それがどうして?」
「これがまたたぶんなんだけど……」
「…………何さ?」
「いや、引かれないかなって」
「何を今更」
いきなり地面に落ちてるドングリを拾って、中にゾウムシの幼虫が入っていようがお構いなしに齧ったり、私にもそれを勧めてきた事覚えてるんだぞ、今更何に引くんだ。
「なんか失礼な事考えてない?」
「いや全然?」
「ならいいんだけど……」
「それで、『たぶん』の中身って?」
話題を戻そうと促すと、
「〝蒔き直し〟する時にさ、化け物になった綾音の生首を、さ……。触りながら、実行したんだよね」
寿樹は、遠慮がちに答えた。
「お……おう。でも、効果範囲は自分だけって」
「そう。でも人間はどうなのか、試していないんだ。さっきも言った通り、経験は持ち越せる」
そう言いながら、寿樹は右手の掌を見て、きゅっと握った。その仕草に何の意味があるのか、私には分からなかった。
「それに、僕の一回目の〝蒔き直し〟の直後みたいな反応のようにも見えた。あんなに苦しみはしなかったけどね」
寿樹はどこか自嘲気味に言った。
「別の可能性としてさ、〝合わせ鏡〟の影響はありえる?」
「いや、ない。と思う。前に、僕のばあちゃんに〝合わせ鏡〟を売った古物商にそれとなく聞いたことがあったんだけど、『なんのことやら』って言われたよ。嘘を吐いてる様子でもなかったし」
「成程……って、そうだ! 〝合わせ鏡〟はどこにある⁉」
「心配ご無用。ちゃんと持ってきて、そこの金庫にしまってある。鍵もきっちりかけてあるよ」
寿樹が指差した先──机の下には、電子ロック付きの金庫があって、
「この通り、同封の手紙も持ってきてある」
続けて、ポケットから畳まれた手紙を取り出して見せながら言った。
「ついでに、ダンボールは畳んで部屋の隅に置いてきたよ」
「……なんか、何から何まで、悪いな……」
「いいんだって、気にしなさんな」
寿樹はなんてことないように言って、左手で器用に手紙を広げた。そこに書かれてある文章を読んで、
「うげ、勝手に書き足してある」
「え、どこが?」
「『きっと簡単には壊せないし、捨てられないと思います。でも、』って部分。こう書けとは頼んでない。それと、最後の部分。『でも、もし本当に困った時は、鏡に直接触れて、その時どうしたいのかを願ってください。きっと願いが叶います。』って部分」
「……まさか、字の書き方に違和感があったのって」
「付け足されたんだろうね。この調子だと、僕の調査記録の方もか……」
「誰に……?」
寿樹は、私の疑問にすぐには答えなかった。右手の親指と人差し指でおとがいを挟んで暫く考え、
「〝合わせ鏡〟が、とか?」
「まさか。それじゃまるで、物に意思があるみたいじゃん」
「分からないよ、
「そんなに古い物なの?」
「それは、分かんないけど……」
そこで一度会話が途切れて、私と寿樹は金庫に目を向けた。心なしか、金庫から物々しい気配が漂っている気がする。
「……寿樹」
「何?」
「その、オオヒルメ……様? が凄いパワーあげるって言ってたんだよね?」
「うん。実際もらった」
「それって、どんなパワーなの?」
「あー……、割と大体の事が出来る、感じ?」
「すげえざっくりしてる」
「こう……これは命令だぞーって考えながら言葉を唱えると、いい感じにドッカーンと発動する、みたいな」
「ざっくりしてる」
「魔法って感じでもないし、こう、ナンチャラソワカって感じでもないし……
「自分でもよく分かってないのか……」
「だって、くれた
「そっかぁ……」
「うん」
「……まあいいや、それ使ってさ、金庫ごとでもいいから、破壊するなりすればいいんじゃ」
「そうね……これ以上、何かされる前に……」
寿樹がそう言いながら立ち上がり、持っていたペットボトルをズボンのポケットに突っ込んだ、その時だった。
ガタン。
金庫が、動いた。
ガタン、ガタン。ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ。
寿樹が、私を庇うように右腕を広げ、口を開いて息を吸って何かを言おうとして、
ピ。
金庫からデジタルな音が聞こえてきた。
ピ、ピ。
よく見ると、金庫のテンキーが勝手に動いていた。
「寿樹、あれ」
「……!」
寿樹も気付いたらしく、一歩前に踏み出した。
ピ。ピピッ。
ロックが解除されたらしい音が聞こえた、次の瞬間。
弾け飛ぶように金庫の扉が開かれ、何かが飛び出し、寿樹の顔面目掛けて飛んできた。
「うわっ⁉」
寿樹は上半身を反らしてギリギリでそれを回避した。
何かが壁にぶつかって一瞬だけ動きを止め、その正体が判明した。〝合わせ鏡〟だ。
〝合わせ鏡〟は床に落ちることなく、壁にぶつかることもお構いなしに部屋の中を滅茶苦茶に動き回り、やがて部屋の中央に浮かんだ状態で動きを止め、砂糖が水に溶けるように消えてしまった。
その直後、窓の外が暗くなり、まるで夜のようになった。幸い、照明を点けていたため、部屋の中まで暗くなることはなかった。
「外が……」
困惑しながらも、寿樹と共に窓の側に向かった。
窓の外は暗闇と化していて、周囲の建物や、点灯をし始めた街路灯からの明かりで、辛うじて周囲の様子が分かった。
煙幕のような物で光が遮られているのではない。これではまるで、日が沈んだ後のようだ。
「駄目だ綾音、電波が遮断されてる。ネットも使えない……」
そう言いながら、寿樹がスマートフォンを見せてきた。
「……あれ? 寿樹、私のケータイは?」
「ベッドの左。リュックに財布とかと纏めてある。とりあえず──」
寿樹が言いかけたその時。
ドンドン、と部屋のドアがノックされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます