第二話 そうして僕は蘇った

「ん……」


 次に意識が戻って最初に目にしたのは知らない天井で、次に感じたのは知らないマットレスの感触だった。


「あ、起きた」

「うぅ……」


 顔だけを動かして周囲を見渡そうとして、自分の右側で椅子に座っている寿樹を見つけた。


「三十分くらい寝ちゃって起きなかったよ。頭痛、大丈夫? 頭痛薬バッファリン飲む?」

「あ、ううん。もう引いたみたい」


 そう言いながら、私は上体を起こして改めて周囲を見渡す。どうやら私は、どこかのホテルの一室にあるベッドに寝かされていた。あまり詳しくはないが、部屋の広さやベッドの大きさを考えると、シングルルームだろうか。


「寝てなくて平気?」

「大丈夫」

「そ、良かった。飲み物いる?」

「あ、じゃあお茶で」

「分かった」


 寿樹はそういうと立ち上がり、テレビの下にある冷蔵庫から緑茶のペットボトルを取り出し、私に手渡してくれた。


「ありがとう」

「いいってことよ」


 寿樹はそう言いながら、ベッド右の椅子に座った。


「ここは? ホテルみたいだけど」

「ビジネスホテル。駅前の」

「へぇ……」


 駅前といっても何ヶ所かホテルがあったと記憶しているが、どのホテルなのだろう。そう思いながらお茶を一口飲んで、冷静になって考えて、


「え、どうやってここまで運んできたの」

「おんぶして、正面から。ちゃんとお金は払ったよ」

「お金持ってんだ」

「不自由ない程度にはね」

「私の事、なんて言い訳したの?」

「泥酔してるって嘘ついた」

「よくバレなかったね……」

「昔からこういう時は運が味方してくれるんだ」


 寿樹はそう言って、右目でウィンクした。

 私はそれを見て、思わず頬を緩めた。ここ何年か、ずっと肩に込められた力が少し抜けた気がした。


「本当に、寿樹なんだな」

「まだ疑ってる?」

「そりゃあね。まだ色々と聞いてないし」

「証拠なら、たとえば僕と綾音しか知らないような事、知ってるぜ? そうだな……幼稚園の頃に見たんだけどさ、綾音のお尻の右側に五芒星の形にホクロが並んでる、とか」

「……あー、黒子それ、真ん中に一つ増えた」

「え、マジ? 見せて!」

だよ⁉」


 立ち上がる程興味湧くの、黒子がどうなってるのかって⁉

 私が慌てて両手でお尻を隠したのを見て、寿樹はスッと冷静になって座り直した。


「そっかぁ……」

「うん」


 僅かに間が生まれ、寿樹が小さく咳払いをした。


「話は変わるんだけど、綾音。さっきの頭痛の時、何があったの? 記憶がどうこう、って言ってたけど」

「……ええっと……」

「どしたの?」

「いや、どう話せばいいのかなって。説明が難しくて」

「あー……見たまんま話せばいいんじゃない?」

「えぇ……? じゃあ、上手く伝えられるか、分からないけど……」


 私はそう前置き、頭痛の中で瞼の裏に見た光景を語った。

 正直信じてもらえないと思っていたのだが、


「──みたいな感じで……寿樹?」

「……記憶の混濁……いや、流入……逆流か? でも、『マキナオシ』に巻き込んだ覚えは……でも、考えられるとすれば……」


 寿樹は真剣な、険しい表情で何やらブツブツと言い始めた。


「……あの」

「あっ、ごめん。置いてきぼりにしちゃってた」

「いや、いいよ。でも、なんの話してるの?」

「あー、っと……」


 寿樹は少しの間考えて、


「そうだな。推論を説明するには、まず僕が何故生きているのかから話さないとだ」

「あ、そういえば、まだ聞いてなかった。最初に話してた未来の話も」

「うん、それも、順番に話すよ。まずなんで生きてるかなんだかど、こんな事が起きたんだ──」




§




──もし、もし。そこのかた──

「ん……?」


 誰かの声で、目が覚めた。


「ここ、どこだ? なんか暗いな……ていうか私、死んだんじゃ」


 首が弾けて、頭と胴体がお別れして。


──ええ、その認識で間違っていません。あなたはあの魔鏡に自らの死を願い、そして死にました──


 先程から僕を呼んでいた


「ああやっぱり……どうして知ってるんですか? ていうか、どちらさんで?」

──ええと、そうですね。いくつか名前があるのですけど……オオヒルメ、と名乗らせてください──

「え、ずいぶん大層な名前ですね。アマテラスオオミカミとか」

──んっ……──


 オオヒルメと名乗った声の主が、思いっきり咳き込んだ。


「え、あの。大丈夫すか?」

──どうして言い換えたのを直しちゃうんですか⁉──

「え、ああ……それは、ごめんなさい」

──まったく、ストレートに言いすぎです。もう、厳かにしてたのに台無し……──

「あー、もしかしてここが暗くてアマテラ……オオヒルメさんのお姿が見えないのって」

──あなたの目に悪いし、人の身じゃ丸焼きになっちゃうからですね──


 そういえば太陽神相当だったっけかと思い、


「……ところで、証拠とか、あるんですか?」

──え、要ります?──

「要ります。第一神様を名乗るとか、胡散臭いですし」

──むっ。もしかして、あんまり信仰心とかないんですか?──

「地元の神宮での初詣をかかさない程度にはありますよ」

──それは存じています。き心掛けですね──

「どうも」


 ここまで会話をしての所感だが、声色だけでも、ころころと表情が変わっているようにも感じられる。感情豊かなのだろうか。


──声だけですので、どう思ってるのか相手に伝わるようにしているのですよ──

「……え、聞こえるんですか、相手の考えてる事」

──聞こえるものと聞こえないものがありますね──

「えぇ……?」

──そういうものです。さて、初詣をかかさない心掛けに報いて、証拠を見せますね。私の右手をこう、十秒くらい前方に出します。眩しいので、気を付けてくださいね──

「はあ……」

──では、参ります──


 その直後、空中に、『真夏の太陽よりも光輝いている右手』が、服の裾から出されるかのように出現した。


「うわ⁉」


 目に見えて肌が焼けていく。ていうか今更だけど私の身体、形が残ってるのか。

 そうこうしている内に十秒経ち、光り輝く右手は隠れ、辺りは元通り暗くなった。


あっちぃ……」

──こういう事なのです──

「な、成程……」

──納得しましたか?──

「まあ、一応は……そうだ、光量減らせたりしますか?」

──それが出来てたら苦労しません──


 オオヒルメ──付けるなら『さん』と『様』どっちなのだろう──が残念そうに答えた。


「そうですか……」

──それと忘れかけていたのですけど、そちらも名乗ったらどうですか?──

「あ、はい。私は……じゃなくて。は、寿樹ことほぎめぐみです」

──あら、素敵な名前──

「そりゃどうも」

──あ、本題入りますね──

「本題? てか、急ですね」

──ええ。貴女が殺戮のために使った魔境・〝合わせ鏡〟をえいやっと出来る凄いパワーをあげます! 復活もやり直しのタイミングも回数も自由自在に出来る力もオマケしちゃいます! 破壊するなり封印するなりして、やっつけてください!──

「なんかふわっとしてる⁉」

──これなら分かりやすいかなーって──

「確かに分かりやすいですけど!」

──それで、やります?──


 そう言われても……。


「……決める前に質問なんですけど、何故、僕なんですか?」

──かの魔境に関わりのある・あった人間の中で、私を祀っている神社ところに通っている人物で、一番力を与えても大丈夫そうな人間だから、ですね──

「そうですか? 大事な人まで気付かない内に手にかけていた殺戮者ロクデナシですよ、僕」

──でも、後悔したのでしょう?──

「……後悔したから二度はやらない、とは、限らないんですよ?」

──あら、貴女はそのような人物ではないですよ──

「何故言い切れるのですか?」

──今までずっと、見てきましたので。貴女が参拝してきた神宮、街の中心にあるでしょう? よく見えますもの──

「…………」

 ──もう少しだけ、自分を信じても良いと、思いますよ──

「…………。拒否権は?」

──ありますよ。その場合、黄泉の国送りになっちゃいそうですけど……──

「あぁ……」


 そう言われて、昔見た思い詰めた綾音の顔と、さっき見た絶命した綾音の顔が、頭をよぎった。


「分かりました。やります」

──む……言いだしっぺが言うのもなんですけど、よろしいのですか? 後を任せた人もいるのでしょう?──

「いますよ。だからこそ、その人に大変な思いをさせないように、です」

──成程。では、神々わたしたちの代わりに、現世うつしよの脅威である魔鏡・〝合わせ鏡〟の征伐を為すことに合意しますか?──

「はい」

──よろしい。では、成し遂げる力と、成し遂げるまで幾度でも元に戻る〝巻き直し〟の制約を貴女に。このオオヒルメが、貴女の道行きを言祝ぎましょう。……きっと大変でしょう。けれど、どうかがんばって──

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