第三章 繰り返される世界 A.D.202X/12/27~

第一話 そこにいないはずなのに

「──っていう、結末を迎えてしまったから。それ以上、〝合わせ鏡〟に何かを願うのは止めといた方がいいと思うよ」


 私──逆井サカイ綾音アヤネが使っているベッドの上に、いつの間にか女性が我が物顔で座っていた。


 そしてたった今、ゲームの激レアアイテムである『流れ星』を入手して歓喜に打ち震えていた私に対して、数日後の大晦日に起きる災厄の未来を語り終えた。


「……えっ!? ちょ、え!?」


 私は、ただただ困惑した。

 絵空事のような滅亡未来を聞いたから、ではなく。


「ん? どうした?」

「いやだって、いつから、」


 いつから、彼女はそこにいたんだ?

 いつから、私は彼女の話を真剣に聞いていたんだ?


 私の右脚の側にある〝合わせ鏡〟を受け取ってから、他人ひとを、ましてや異性を自宅に上げた記憶はない。

 この女性が勝手に入ったのだとしても、どうして私は追い出そうとすら思わなかったんだ?


だなぁ、バケモノでも見たみたいな反応するじゃないの。よいしょっと」


 女性はクスクスと笑って、ベッドから降りて、


「ほら、幽霊とかじゃないでしょ。衣擦れとか、ベッドが軋んだりとか、したでしょ」


 そう言いながら、私に両腕と両脚を広げて見せた。


「────────」


 私は。

 私は、知っている、気がする。どこからともなく現れた、この不審者を。


 全体的に、目鼻立ちの整った顔だ。

 大きな眼はやや眠たげに開かれていて、瞳の色は青みのある黒。

 鼻筋は真っ直ぐで、唇の色は桜色。


 亜麻色がかった黒髪の長さはセミロングで、飾り気のない白いリボンでうなじの位置で纏めている。


 測ってはいないが、身長は私より高く見える。体型は僅かに瘦せ型だが、すらりと伸びた手足は引き締まっていて、健康的な印象を与える。

 前を開いた青いトレンチコートの下には、赤いシャツと黒いズボンに黒い靴下。


「あー、舐めるように見られるのは、ちょっと照れちゃうな」


 女性は、少し目を逸らしながら言った。


「う、ごめんなさい」

「謝ることじゃないさ」

「あ……」

 

 それは、聞き覚えのある声と、聞き覚えのある言葉だと思った。 

 いつだったか、何があったのか、思い出すことは出来ないけど。確かに言われたことがある。


 誰に言われたのだったか。記憶を手繰り寄せる。

 古くて、何度も言われた、


「……ああ、そうか」


 やっと解った。記憶の中の彼女よりも幾分か成長しているけど、


「……寿樹コトホギメグミ

「うん」


 不審な女性──寿樹恵は、静かに頷いた。

 そうすることで、法要の時に見た遺影と、記憶の中の十六歳の寿樹恵が、目の前の女性に溶け合うように重なった。


「でも、なんで……死んで、火葬だって、とっくに」

「されたよ。でも、生きてる」


 寿樹は静かに告げて、私の前に座り、この右手をゲームのコントローラーから外して、その両手で握って見せた。


「こうして触れたら、温度が伝わる。互いにね。……綾音の手、冷たいね」

「……意味、分かんないんだけど」

「死体じゃないんだぜ、って意味」

「そうじゃなくて。寿樹はもう死んでるし、第一さっきの未来のはな、し──」


 そう言いかけた瞬間、二十二年間生きてきた中で経験したことのない、頭の中をかき混ぜられているような強烈な頭痛に襲われた。


「ぅあ……⁉」


 あまりの痛みに、その場にうずくまる。痛くて、座ってられない。


「ちょ、どうしたの、大丈夫?」

「う、いっ、……頭が……」


 目を上手く開けられない。瞼の裏に映る薄暗い靄の中に、いくつもの鮮明な光景が映った。


 この後、空腹に負けて、〝合わせ鏡〟に食糧を買うお金を要求する。

 出てきたお金で昼食を買い、食べている途中で帰ってきた母親に祖父の家に連れていかれて、嫌な事を言われて。


 次の日、バイト帰りに人にぶつかられて。被害妄想の末に、その人を殺して。

 それがきっかけで、〝合わせ鏡〟や寿樹のことを調べようと思って。


 寿樹の家に〝合わせ鏡〟の力で無理矢理入って、遺品を見つけて、盗み出して。

 中身を読んで、自分と自分に関わったことのある多くの人間が一度死んでいると理解自覚して。


 〝合わせ鏡〟を手放そうとしたけど、どうやっても駄目で。自暴自棄になって祖父をむごたらしく殺して。

 母親を一層惨たらしく殺すために、怪物になって。


 その果てに、腐り落ちるように死んだのだ。

 

「こんな記憶、身に覚えが……!」


 ないはずなのに、ある。


「なん、だよ、こ……れ……」

「記憶……? まさか、いや、綾音、とりあえず横になろう。動かすね」


 寿樹はそう言って、私の腹と背中に手を回してきた。


「寿樹、待って……」

「何?」

「この後、母親が、帰ってくるから……アイツ、探すだろうから……見られたら怪しまれるから、どこか、別の場所に……」

「でも……」

「……頼む……」

「……分かった」


 寿樹は渋々といった様子で答えると、私を軽々と抱き上げた。

 そこで、意識が途切れた。

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