第六話 かくして尸《しかばね》と自覚した
「……え……でも、私は今、生きて、心臓動いてて……部屋が寒いって感じてて……大量死もヤバイ火災も何も、報道なんかなくて……でもあの日、いや、でもだって私は……俺は…………僕は、」
みしり、と背骨が軋むような感覚と。
胸から背中にかけて寒風が突き抜けるような感覚を得て──否、思い出して。
「うぅあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ⁉」
隠されていた事実を、確かに理解して、息の続く限り叫んだ。
高校一年生の夏以来、ずっと胸に空洞が出来たような感覚を抱いて、それに苦しみながら生きていて。あのハロウィンの、私にとってはいつもと変わらない夜に、突然胸と
思い出した、忘れていた、どうして──こんな筆舌に尽くし難い、今でも胸に風穴が開いていると錯覚するような、そんな経験を、無かったかのように今まで振る舞えたんだ?
「あ゛ぁっ……ああああああああああああああああああああああああ、っあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
あの夜、死ぬ直前に起きた異変も思い出した。
向かいの棟から悲鳴が聞こえた。最初は、いつもと変わらない、たまに聞こえる悲鳴のような何かだと思った。
断続的に悲鳴が聞こえてきて、どこか──近いのは確かだけど場所が判らない──から爆発音が聞こえた。動画サイトやSNSで流れて来る事故や自然災害の動画でしか聞かないような、花火や空砲とは比べ物にならない轟音。
不安は恐怖へ代わり、身体を低くして、それでもいつでも逃げられるように構えたところで、私の番が回ってきたのだ。
涙がとめどなく、頬を伝って流れていく。熱い。まるで熱湯だ。口の中に入ってきた。
そうして、きっと、寿樹と同じように慟哭した。
§
一頻り泣き叫んで、流す涙が失くなって、痛みが痛みとして身体に定着して。
私は、寿樹の部屋から持ってきた物全てに目を通した。
〝合わせ鏡〟がどんな物で、どんな力があるのか。寿樹がどうやってこれを入手し、何をしたのか、何故死んだのか。それを知ることが出来た。
『何もかもなかった事にした、そしてそれを今の今まで実行していた』なんてインチキ、理解出来ないが、納得は出来る。どこか他人事のようだが、この身体が覚えていた。
ただ、どうすれば廃棄出来るのか、そして何より、何故寿樹は〝合わせ鏡〟を私に渡そうとしたのか、その理由はどこにも書かれていなかった。
殺す気は無かったのに殺してしまったお詫びで、自分よりもっと上手くやってから廃棄しろとでも言うのか。都合が良すぎる考え方とは思うが。
空腹を癒し、思い出す余地もなく隠された事実を知る助けになったのは確かだが、それにしても危険すぎる。
第一、こんな物を渡すなら、もっと信用出来る人がいるだろう。
こんな──、
私は、寿樹恵に何かを託されるような人間ではない。寧ろ逆だ。現状、私が出来る全力を尽くして何かに取り組んだとしても、それは他人にとって当たり前に出来ることで。当然、それ以上を求められるわけで。だからダメダメで。
突出した技能や知識があるわけでもなければ、自分が何をしたいのかすら分からないのだ。だから将来の目標は何も解らないし、いつもやりたいと思ったことは一足遅くなってしまう。だから周りからは
「…………」
一秒に満たない歯ぎしりをして、どこかに行った〝合わせ鏡〟を探して周囲を見渡す。苦しみに悶え暴れている内にいつしか手から離れていたらしく、机の椅子の下に落ちていた。
立ち上がって机の前に行き、〝合わせ鏡〟を拾い上げ、机の上に置いて手を離した。
「…………」
廃棄してくれと、頼まれた。
渡された以上、この危険物を誰かに渡すわけにはいかない。
それに、もう逃げたくないのだ。
§
結論から言うと──駄目だった。
燃えないゴミとして捨てても、壊そうとしても、公園の砂場深くに埋めても池や川や海へ投げ捨てても──不法投棄なのは確かだが──、最後の手段として街にある神宮でお祓いをしてもらっても、それでも、手放したはずの〝合わせ鏡〟は戻ってきた。
「なんで戻ってくるんだ……」
お祓いしてもらおうとした神社の神主が、あなた自身が引き寄せているようにも見えると、なんだかよく分からない事を言っていた気がする。
「…………」
困ったから、試しに鏡を手に取って唱えてみる。
「〝合わせ鏡〟を手放したいです」
何も起こらなかった。
「それはズルくね……」
ぼやいて、〝合わせ鏡〟を持った手を床に置いた。
「困ってる、私自身が、引き寄せている、か……確かに、困っては、いるんだよな……」
例えば、そう、家族。
その内、母親と祖父。
自分より下の者を見繕い、欺瞞を振りかざす事を自覚しないまま欺瞞を振りかざし、他者を傷付けることを厭わない者共。
何かを始めようとしたら、適当に丸め込んで、なあなあで終わらせようとする連中。
たとえば、一度は県外へ出て行けと言い続け、実行させるまで追い詰めた癖して、すぐに呼び戻すような。
追い出したくて、事ある毎に罵り混じりに言ってきたんじゃないの?
ただ攻撃したい相手が欲しいだけなんじゃないの、それ。
仕事を辞めざるを得なくて、強制的に出戻り状態に
今度は自分の意思で遠くまで引っ越そうと思うようになるまで、そう時間はかからなかった。
「でも、また引っ越し先の住居決めに口出してくるんだろうな……」
母親と関わっていると、物凄い勢いで元気が削られていくというか。
ちょっとでも機嫌悪くすると滅茶苦茶な事言い出すし、こっちの意見は聞いてくれないし──これでも成人だぞ?──、私に聞こえるように『育て方失敗した』と言うし、その癖自分はマトモな親だと自負していて。
祖父と関わっていても、物凄い勢いで疲れていくというか。
何か意見を言うと黙れ、逆らうなだし、こっちがモノ食べてる見てまるで監視してるかのように頷くし。
発言権が物凄く弱いのだ、私は。
あれらに与える言葉は、積年の恨み以外無いに等しいし、かといって暴力に頼っても、刑務所的な意味で余計に先がなくなるだろうし……
「……ああ」
じゃあ、いっそ使ってしまおうか、〝合わせ鏡〟を。
離れてくれないなら、利用してしまおう。
一頻り尊厳を踏みにじって、『無かった事にしてくれ』と洒落込もうか。
何も起きなかったことになれば、いつも妄想の中で挽肉にするのと変わりないのだろうから。
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