第五話 〝翌日〟という名のベール
『推測は正しかった。
〝合わせ鏡〟で呼び寄せた中学の同級生、より正確に言うなら、中学生の頃、綾音をいじめて傷付けた、その主犯格の女を、〝合わせ鏡〟に「全身を捩じ切って殺せ」と命じて、殺した。
一瞬で、私の目の前に絞られたタオルのようになった肉の塊が出来上がった。(画像4)』
その文章の側には、『画像4 殺してやった』という題の、カラー画像が。
水分を絞られたタオルのように捩じれて、全身から赤い液体を垂れ流して、地面に横たわる何かの画像があった。
人間を構成する部品──手の指先とか、髪の毛とか、ズボンのポケットとか、靴紐とか──があって、辛うじて人間だったと分かる、布と肉の塊だ。
「うっ……ぐ」
不意打ちで猟奇的な死体の画像を見てしまい、朝食べたモノが逆流してきた。慌てて手で口を抑え、無理矢理
「あ゛……はっ、はぁ……」
口の中が
すぐ下に、続きの文章がある。
読まないと。
『人を殺せるかの検証は、一度で十分だろう。どこまで無茶な注文を通せるのか検証しても良いが、それは検証しなくても実践で確かめられる。』
もっとやるのか?
いや、もうやったのか?
『僕には、どれだけ時間が経っても、どうしても許せない事がある。あった。
僕の幼馴染みの
悪口を言われ、持ち物はキャッチボールのボール代わりにされ、廊下を歩いていると体当たりされ、意見は拒絶され続け、無碍に扱っても構わない物のように扱われた。
助けを求める声は、封殺された。』
……それは、確かに、事実だ。
私は、中学生の頃──
理由は分からないし、判らないし、解らない。聞く気がなかったし、聞きたくもなかったからだ。聞いたところで、マトモな回答──本当のところを教えてくれない、という意味で──が返ってくるとは思えなかったからだ。
母親に愚痴を溢したら『じゃあ殴りに行けばいいのか』と怒号を浴びせられた。
──身近な、一年三百六十五日顔を合せる人に、助けてもらえなかった。それどころか。
でも、
結局二人では何も変えられなかったけど、学校を巻き込んで大事にしようとしても出来なかったけど、最後には寿樹にも被害が及んでいたけど、それでも助けようとしてくれた。
恩人なんだ、私の。
『僕はあの、他人を人とも思わないような連中がのうのうとのさばっているのが、どうしても許せない。あろうことか、楽しかった思い出に歪めて記憶しているなんて。画像4の物体がそう言っていた。他の奴も似たような状態だとしたら、私は、私たちの苦悩は一体どうなる?』
私とて、もうすぐ十年近く経つ事になって、それでも非道な事をしてきた連中を絶対に許す気はない。けれど反撃をしてやるというよりは、諦めの感情の方が大きい。
まず連中が今どこにいて何をしているのかを知らない。生きてるか死んでるかなんてもっと知らない。相手がこちらの事を覚えているかすら怪しい。同窓会があったとしても行きたくない。
だから、もうどうしようもないのだ。
死ぬまで、たまに思い出して、何度も嫌な思いしながら生きていくしかない。
ふとした瞬間、なんの脈絡もなく。或いは、家族の顔を見た時に。
『当時の連中全員を見つけ出すのは、探偵にでも依頼しない限り至難の業だろう。でも、この〝合わせ鏡〟の力を使えば、全員の居場所を探し出し、全員に報復出来るのではないか?
そうして、全員の居場所を特定することから始めて、あっさりと特定を完了した。
面白いことに、いや何も面白くないのだが、全員県内に居残る、或いは出戻っていた。その内四割はまだこの街にいた。』
いるのか。予想の内の一つではあるが、ちょっと当たって欲しくなかった。出歩く度に仇敵と遭遇する
『全員の居場所の特定を完了した。後は、皆殺しにするだけだ。』
「……あれ?」
そこから先の文章は、書かれていなかった。ページを最後まで捲っても、どこまでも白紙だった。
「あぇ……どう、なったんだ?」
寿樹のことだから、このまま実行しようとしたのは確かなのだけれど。
結果を書く前に、何かがあったのか?
「……待てよ?」
『調査メモ』や日記の方に、何か書かれていないか?
『調査メモ』を開く。最初に開いたのはしっちゃかめっちゃかに書き殴られた方、後から開いた方が書き直された物だった。どちらもより詳細な情報が書かれていたが、『調査結果』の先の事は書かれていなかった。
日記を──調査結果が書かれたのは四ヶ月前だったから、二冊目の方を開く。
十円を拾ったとか、ゲームをクリアしたとか、アメリカザリガニを大量に採って茹でて食べたとか、階段で尻餅突いたとか、私の知る寿樹と変わりない日常が詰まっていた。
その先に、
日付けは、二ヶ月前と数日前。十月三十一日の事だった。
『今日の夜(日付けはまだ回っていない)、ついさっきまで、報復を決行していた。
復讐の対象の最期やその時の苦しみを僕が遠く離れていても主観的に感じられるように〝合わせ鏡〟に調整させた。これで、リアルタイムに殺した事を実感出来る。
〝合わせ鏡〟には、こう願った。
「僕が探し出した罵倒の言葉にすら失礼な連中から、尊厳を奪い抜いて殺す」
「僕こと寿樹恵と、僕の友である逆井綾音を傷つけたものを殺す」
「縦半分に裂く」
「斜めに裂く」
「捩じ切る」
「捩じり潰す」
「四肢をもいで開いている穴に突っ込んで貫通させる」
「粘土のように捏ねる」
「砂利のようになって自覚をしていなければいないほど広範囲に弾ける」
「空気が殴り殺す」
「家ごと木端微塵に爆発しろ」
「身体の中心軸から捲れるように爆ぜる」
「燃えろ」
願って、願って、願って、願って、願って、願って、願って、願って、願って。
殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して。
好き放題やっている連中に、好き放題報いを受けさせた。
人の形を奪うのは、惨めに潰れて燃えていく様は、感じ取っていて、とても気分が良かった。
何も生まないのではなく、生まれた何かをこの手で無に還す。
そりゃあ私たちにやったわけだ。心の底から理解して、心の底から軽蔑して、心のそこから絶望した。
街中から火の手が上がる。遠くの街からも、まるで悲鳴が届くようだ。
どうだ、痛いか。痛いよな。これが約十年の苦しみだ。お前たちの無責任な行動の結果だ。
復讐は爽快に、何もかも上手く行った、そのはずだった。
全部殺したか、そう思いかけた時だった。
何か、聞こえてはならない音……誰かの、悲鳴が聞こえた気がする。
知ってる場所がある方向から、知ってる場所がある位置から。
まさかと思って、そのまさかだった。
僕の自宅がある団地の、すぐ近くの棟。
爆発が起きた痕、元は部屋だった場所。
瓦礫の中に、胸部が爆発四散して、がらんどうになって死んでいる、今は疎遠になってしまった親友、逆井綾音だった物を見つけた。
なんで、どうして?
僕が願った結果こうなった事だけは理解できた。すぐには解らなかった。
自分の行動を顧みて、立ったままそうし続けて、それでやっと解った。
「僕こと寿樹恵と、僕の友である逆井綾音を傷つけたものを殺す」
この条件に、綾音自身が当て嵌まってしまったのだ。
僕を傷付けたのか、自分自身を傷付けたのか。
僕には、彼に酷い事をされた覚えはない。だから、きっと後者なのだろう。
……嗚呼。あなたは、あなた自身すらも……。
長いような、短いような慟哭の後。確かな納得の末、私は、最期の願いを口にした。
「鏡よ鏡、〝合わせ鏡〟。どうか、今日の皆殺しを誤魔化して。その代わり、今日の結果を日記に残した後、全てなかった事になっているのを僕が見届けて、それを日記に残したら、僕を殺してください。その後、いつでもいいので〝合わせ鏡〟を逆井綾音へ届けてください。届ける時には手紙を同封してください。内容は、」
『逆井綾音ヘ
久しぶり。お元気ですか。急な贈り物で驚かせて、中身でも驚かせてしまったかもしれませんね。けっして、燃えないゴミを贈る、なんて嫌がらせではないのです。
さて。本題なのですが、一緒に贈られたであろう手鏡を、すぐに然るべき方法……後腐れのないように廃棄して欲しいのです。
この〝合わせ鏡〟は危険な代物です。僕はこれを使って、取り返しのつかない事をしてしまいました。きっと簡単には壊せないし、捨てられないと思います。でも、なんとかして廃棄してください。お願いします。
でも、もし本当に困った時は、鏡に直接触れて、その時どうしたいのかを願ってください。きっと願いが叶います。
あなたの親友・寿樹恵より』
十一月一日
全部、元通りになっていた。
何事も無かったかのようだ。
良かった。
綾音、とんでもない面倒事を擦り付けて、ごめんなさい。
どうか、どうかこの鏡を』
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