第四話 傷付ける実験
『検証は不完全だが、〝合わせ鏡〟には触れた誰かが口にした願いを実現する力がある。この推測を元に、〝合わせ鏡〟能力の規模を検証することにした。』
「なんだって……!?」
『調査結果』に書かれていたことに、思わず声を荒げた。
私がやっただけでも、無からお金を出現させる、人を思い通りに操る……そして、人を
──この〝合わせ鏡〟は危険な代物です。僕はこれを使って、取り返しのつかない事をしてしまいました。──
「……いや」
恐らくこの段階では、出来てしまう範囲がまだ不明瞭だったのだろう。そして、出来る範囲に興味を持ってしまったのだろう。
「取り返しの、つかない事……」
次のページを捲る。ここまで来たなら、知らなければいけない。
私の
『さて、能力の検証をすることを決め、何を願うかを検討した。
そこで、まずは〝食べ物を出現させる〟という事象について考えた。この食べ物はどこから現れたのか、どこかから持ってきたのか、それとも全くの無から出現したのか。
これを検証するべく、〝冷蔵庫のある物と同じ物を食べたい〟、〝冷蔵庫にある物を食べたい〟と願うことにした。
要は、欲しい物の内、特定の物を指定すると結果が変わるのかどうか、の検討である。
冷蔵庫に納められていた物の内、冷凍庫のバニラ味のアイスクリームを選んで自分の名前を書き、
「冷凍庫にあるバニラアイスと同じ物が食べたい」
「冷凍庫にあるバニラアイスを食べたい」
と交互に唱えた。
一度目はアイスクリームが手元に出現したが、冷凍庫のバニラアイスは減っていなかった。
二度目は自分の名前を書いたアイスクリームが出現し、冷凍庫にあるはずの名前を書いたアイスクリームが無くなっていた。
ここから考えられることは、〝特に指定しない場合、物品は完全な無から出現している可能性がある〟、〝願い事は正確に言わないといけない〟である』
「…………」
ここまで読んでから、私は少し考え、ポケットから〝合わせ鏡〟を取り出した。
「……私の財布にあるお金を、目の前に出して」
願いを口に出すと、目の前の床に、財布にあるお金と同額の硬貨が出現した。財布を確認すると、中身が無くなっていた。
私は、床に置かれたお金を数えてから全て財布に戻して、
「ええと……六百九十六円、出して」
唱え終えた瞬間、たくさんの硬貨が、まるで賽銭箱に投げ入れられる小銭のように出現した。
お金を数え直すと、六百九十六円だった。財布の中身を確認すると、戻したお金は一円も減っていなかった。
「成程……」
ちゃっかり所持金を増やしている事に気付いて若干罪悪感を感じつつ、続きを読むことにした。
『次に、非生物だけでなく、生物に影響を及ぼすことは出来るのかを検証することにした。
最初から他人や他の生物を実験台にするのは気が引けたので、自分で検証することにした。
検証内容は、〝睡眠時間を細かく指定出来るのか〟。スマートフォンの時計のアプリ内にあるタイマー機能を使い、一時間十二分二十七秒を指定し、
「タイマー起動から一時間十二分二十五秒後まで寝る」
そう唱えた瞬間、パッと眠りに落ち、タイマーが鳴る二秒前に目を覚ました。
撮影したデータはUSBメモリに保存しておくとする。』
「…………」
なんというか……寿樹の強さの一端に触れて、とでも言うべきか。色々と自分が情けなくなり、目頭を押さえた。
なんとか気を取り直して、黙読を再開する。
『続けて、別の生物、もとい他人へ影響を与えることが出来るかの検証を始めた。
以下の検証も撮影し、USBメモリに保存しておく。
まず、外を歩いている人に目を付け、
「あの人をちょっと躓かせて、少しだけ危ない思いをさせて」
願いは叶えられた。外を歩いていた人は何もない場所でいきなり、思いきり躓いて転びそうになった。ビックリした様子で振り向き、そこに何もないことを確認して、怪訝そうに首を傾げていた。
遠くにいる人を狙うのも可能なようだ。』
『次に、駅前の自動販売機で飲み物を買おうとしている人を標的にして、他人が沢山いたので小声で、
「小銭を挿入口に入れ損なって、落として、自動販売機の下に行くように仕向けて」
願いは叶えられた。小銭を落としたことに一瞬で気付いて手を伸ばして、それでも間に合わなくて、中途半端に屈んだ状態で少し落ち込んだ様子になっていた。』
『最後に、踏切を渡ろうとしている人を狙って、
「道に落ちている小石を車で跳ねさせて、痛い思いをするけど痕にならない程度に左頬に当てて」
願いは叶えられた。自動車がすれ違いざまに小石を跳ね、踏切を渡る人の左頬の中央に当てた。その人はしばらくの間、去って行く自動車を恨めしそうに睨んでいた』
これに関しては、身に覚えがある。あの日、肩をぶつけてきた人──後でニュースで知ったが、四十代の男性で、病院に搬送された時には死んでいたらしい──を、思い込みを理由に轢き殺した。
というか、『
どちらも、たぶん──いや、到底許される話ではない。
そして文章の続きに目を向けて、目を疑った。
『ここまで、〝被害があっても深刻にはならない〟規模に抑えて検証したつもりだ。
余談だが、試しにアリの巣から出てきた働きアリに「死ね」と唱えてみたら、その場でひっくり返って二度と動かなくなった。
私の推測が正しければ、人間だろうが、シロナガスクジラでも、同じ効果を発揮する、はずだ』
「…………」
次のページを捲る。
一番上の文章の、最初の分が目に入る。
『推測は正しかった。』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます