第三話 寿樹恵が調べた事

 かくして、私は幼馴染の部屋からその遺品の数々を持ち出した。より正確に言うと、盗んだ。

 恵の母親にバレないかと内心怖かったが、特に怪しさを指摘されるようなことはなかった。それどころか、娘の頼み事を解決するためにわざわざ来てくれたのだからと、ペットボトルのほうじ茶をくれた。物凄く罪悪感を感じています……。


 誰もいない家に帰宅して、自分の部屋に戻る。部屋の中央まで歩き、リュックサックを背中から下ろすと共に床に座り、中身を取り出して床に広げていく。

 不気味な六枚の絵、『調査メモ』01と02、日記二冊、スクラップブック『〝合わせ鏡〟についての調査結果』、ボイスレコーダー、USBメモリ。


 寿樹は何を、どこまで知っていたのか。これらを全て見ることで判明すれば良いのだが。

 まずは、見るのを中断した『〝合わせ鏡に〟ついての調査結果』──少し長いから、以降は『調査結果』でいいか。これを読もう。

 一ページ目の注意書きをもう一度読み、ページを捲る。次のページには、今から四か月前の日付けで、レポートのような様式でこう書かれていた。



『〝合わせ鏡〟の来歴、その力についての調査結果及び考察を、個人的に読み返すため、纏める。(誰かに見せないといけなくなった時には、改めてレポート用紙に纏め直そう)

 〝合わせ鏡〟とは、十二月に亡くなった祖母の形見分けで、僕が受け取った物だ。持ち手のない丸い鏡で、フレームはくすんだ紫。名前とは裏腹に、対になる鏡はないシンプルな形だ。(画像1)


 名前に関しては、叔母がそれは何かと訊ねたら、祖母が〝合わせ鏡〟と答えたらしい。真偽不明の情報であるが、一先ずそう呼称する。

 叔母曰く、祖母は亡くなる三ヶ月前に、この〝合わせ鏡〟を自宅の近くに店を構える古物商(画像2。撮影・掲載許可済)から購入してきたらしい。


 親族に〝合わせ鏡〟について何か知っているか質問したが、誰も鏡の来歴を詳しく知らなかった。僕は何故祖母が〝合わせ鏡〟を買ってきたのか興味を持ち、その来歴を調べることにした』



 罫線もないのに真っ直ぐに整った文章の近くには、紫色の鏡の画像と古めかしい平屋の画像があった。それぞれの下に『画像1〝合わせ鏡〟』、『画像2古物商の店』と書かれている。

 文章に目線を戻し、続きを読む。



『私は古美術商の店に連絡を取り、証言の撮影・録音の許可を取り付け、取材に向かった。近所と聞いていたが、祖母の家から徒歩で三十分ほどかかった。地図やスケール表示を確認すると、約二キロメートルほどの位置関係にあった。

 出迎えてくれた古美術商は、人当たりの良さそうな壮年の男性だった。祖母とは昔からの知り合いだったらしい。


 店主の話によると、祖母は三ヶ月と十三日前にふらりと店にやって来て、〝合わせ鏡〟を一目見て購入を決断し、その場で買い取っていったそうだ。


 購入の理由は、〝なんとなく惹きつけられるから、欲しくなってしまったから〟らしい。僕にはよく分からない感覚だが、店主曰く、この手の物を買う時はそんなものだそうだ。


 材質自体は不明であるが、鏡本体はガラスの裏面に金属を付着させた物ではなく、金属を磨いた金属鏡であることは確かであるらしい。その一点で、古ぼけただけの鏡ではなくなっているそうだ。』



 金属鏡──中学校や高校の日本史の授業で弥生時代辺りで見かけた銅鏡なんかがそれなのだろうか。気にはなるが、今はレポートを読み進めることにする。



『店主に〝合わせ鏡〟がどんな品物なのか聞いてみたが、分からない、と答えられた。理由を聞くと、美術品の鏡のどれにもこれに似通う物がなく、製作者のサイン等も見当たらないのだそうだ。』



「売った本人も知らないのか……」


 店主に若干呆れたが、バイト先の品物がどこにあるのか、どんな品物なのか、子供が扱っても大丈夫な物かとか、色々知らないことを思い出して、人のこと言えないな、と自嘲した。



『どこから仕入れたのかを聞くと、何故それを知りたがるのか、と質問で返された。祖母が何故これを買ったのか興味があるからだ、と正直に答えると、店主はしばらく悩んだ末、祖母が亡くなる三ヶ月前に亡くなった、とある企業の社長の自宅の蔵から出てきた物を買い取った中に紛れ込んでいたのだ、と答えてくれた』



「……ちょっと待てよ」


 亡くなった社長から古美術商の手に渡り、古美術商から寿樹の祖母が買い取り、祖母が亡くなって寿樹に形見分けされて、その寿樹が亡くなって、今は私の手元に……。

 死人が多くないか、〝合わせ鏡〟に関わった人物。



『とある企業とはどの企業か、と質問すると、店主の口から想像だにしなかった答えが飛び出してきた。〝この七年間で全国各地に店舗を構えるようになった百円ショップ〟だ』



「えっ」


 百円ショップの名前に見覚えがあった。私のバイト先だ。

 なんというか……変な縁をうっすらと感じる、気がする。流石に気のせいだとは思うのだが。



『さて。調査すべき対象が判明したのは良かったのだが、ここで手詰まりになってしまった。会社に直接聞いても企業の社長の家族や親しい人に縁はないからそっち方面から調べていくことも難しい。僕から連絡が取れる人にコネがありそうな人はいない。


 ここで少し話題が変わるのだが、調査メモに書き殴った情報を整理し、机に向かい、新しく書メモに書き直し、パソコンで纏め直している最中の事だった。ある程度纏めた辺りで小腹が空き、作業を一度区切り、間食を食べようかと考えた。


 パソコンの側に置いていた〝合わせ鏡〟を手に取り、目が充血してないか見て、〝ちょっとお腹空いたし、何か食べたいな〟と呟いた。


 直後、閉じたパソコンの上に、エナジーバーが落ちてきた。

 意味不明なことを書いている自覚はあるが、確かに、〝何もない空間に食べ物が出現した〟のだ。』



「…………」


 これに関しては、身に覚えがある。


──お腹いっぱい食べ物を買えるだけのお金が欲しいなあ……──


 〝合わせ鏡〟が届けられたその日、お金がなくて、空腹に困って、〝合わせ鏡〟に願って起きた事。

 無から現れた千五百円。


 とても嫌な予感がしてきた。正直、一旦でもいいから読むのを止めたくなったが、どうにか自分を抑え付け、次のページに進む。



『あまりにも突然の出来事に困惑した。明らかな怪奇現象であり、夢や幻覚を疑ったが、目はしっかり覚めているし、エナジーバーは触れた感触も重さもエナジーバーのそれだった。開けて中身を確認して、一口食べてみる。中身はエナジーバー、味はパッケージ通りのチョコレートだった。食べる、また食べ終わることで何か起きるわけでもなかった』



「食べたの⁉ 人のこと言えないけど不用心すぎるぞ⁉」



『口の中の水分がなくなったから飲み物が欲しくなったと呟いてみたら、紙パックの牛乳がパソコンの前に現れた。こちらも、なんの変哲もない普通の牛乳だった。特濃じゃないのは少し残念だったが。


 食べて飲んで、少し経ってから、〝合わせ鏡〟を持ったまま〝こうしたい〟と思った事を口にして、直後に実現していることに気付いた。


 念のため鏡を手放した状態と持った状態それぞれで、〝口の中の味をリセットしたいからお茶が飲みたい〟と口に出さずに考えた。お茶は出現しなかったので、今度は同じ条件で思ったことを口に出してみた。お茶が出現したのは、〝合わせ鏡〟を持っている状態だった。また、検証の後、エナジーバー、牛乳、お茶を出現させる光景を動画データとして撮影した』


 USBメモリにはそういうデータが入っているのか。後で確かめてみよう。

 そう思って次の文章を読み、


「え……」


 書かれていることを見て驚愕し、目を見開いた。



『後日、祖母と一緒に住んでいた叔母にそれとなく聞いてみると、鏡を見ながら家族の無病息災を願っているのを見たことがあるという情報が出てきた。

 古美術商にも質問してみると、ほこりを拭き取りながら〝なるべく高く売れますように〟と言った覚えがあるという返答が来た。

 また、検証に含めていいかは怪しいが、百円ショップの社長が亡くなる前日、彼の従兄弟を轢き逃げした犯人が変死体となって発見されたという記事も見つかった。(画像3)

 検証は不完全だが、〝合わせ鏡〟には触れた誰かが口にした願いを実現する力があると推測出来る。』


『この推測を元に、〝合わせ鏡〟の能力の規模を検証することにした。』

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