第一章 贈物 A.D.202X/12/25~12/27
第一話 置き土産
私こと
四十九日法要が終わって二週間が経とうとしているというのに。私自身、何かが変わったというワケでもなく。
……高校生になってから数年間、彼女と疎遠になってしまっていたからだろうか。
ぼんやりとそんなことを考えながら、自宅の自分の部屋でゲームの周回作業を続ける。
「……またダメか」
今探しているアイテムは、入手確率が
アイテムの名前は、『流れ星』。
……本物の流れ星に願い事を三回言う方が余程簡単なんじゃないか、とまで考え始めて、あまり日光が入らない窓を見遣る。見えるのは向かいの団地の棟だけだ。
「おっ、……ハズレ」
さらに紛らわしいことに、
こんな時、寿樹ならあっさりゲットしてしまうのだろう。アイツは強運の持ち主だった。
私はそうじゃないらしく、かれこれ四時間──費やした時間を含めると一ヶ月、合計約七日分だろうか、その間、獲得出来る
そうこうしている内に、お腹が空いてきた。
時刻は午前十一時四十九分。朝食を摂ったのが午前七時頃だったから、変な時間ではないだろう。
「……食べるか」
休憩を兼ねて昼食にしようかと思った、その時だった。
ピンポーン、ピンポーン。
「んぁ?」
インターホンが鳴った。
「誰だ……?」
疑問を口に出してリビングに向かい、インターホンの受話器を取る。
「はい」
『ナラ運輸です』
「……? ちょっと、待ってくださいね」
受話器を戻し、考える。
ナラ運輸だから、運送会社。宅急便だろうか。
今日は誰かが来る予定も、何かが届く予定もなかったはずだ。少なくとも身に覚えはないし、母親や弟からそんな話は聞いていない。
少なくとも、私が原因ではない……はずだ。
「えぇ……?」
待たせるのは悪いと思うが、しかし身に覚えのない訪問だ。
念のため、チェーンをかけてからドアを開けることにした。用心に越したことはない。
「すいません、お待たせしました……」
小さく開けたドアの隙間から見えたのは、ナラ運輸の制服を着て、小さめのダンボール箱を抱えた二十代前半──私と同じくらいの年齢に見える、私よりもしっかりしてそうな男だった。
「いえいえ。えっと、サカイアヤネ様にお届け物です」
「あ、はい」
「え?」
「逆井綾音は私ですけど……」
「え? あっ……すみません」
名前を言ったら驚かれるのは、いつものことだ。
私、逆井綾音は男だ。
驚かれたり意外そうな反応をされるのはいつものことだが、正直疲れる。
こんな名前にしたのは御大層な理由があるそうだが、そんなものは実生活で弊害が起きている現実の前には意味がない。だからだろうか、理由そのものは忘れてしまった。
「いえ。……チェーン外しますね」
気を取り直し、ことわりを入れてからドアを閉め、チェーンを外してもう一度開けた。
「どこからですか?」
「ええと……コトブキ……メグミ? ケイ? ……さんからです」
「ん……ちょっと、見せてください」
「あ、はい。こちらですね」
男が指差した箇所に書かれた名前には、私がよく知っている名前が、見覚えのある書き方の字で綴られていた。
「……
「え?」
「これで、コトホギ・メグミって読むんです」
「あ、そうなんですね。知り合いの方ですか?」
「…………」
私はその質問に、すぐには答えられなかった。
はいそうです、とだけ言えば済む話なのだが。
「あの」
「あ、えっと、はい。でも届け物来るとか聞いてなくて……」
「そうなんですか?」
「はい……どうしようか……や、取り敢えず受け取っちゃいます」
「よろしいですか? じゃあ、ここにサインをお願いします」
男はそう言って、業務用のスマートフォンをダンボール箱に置いた。電子サイン、というやつだろう。
自分の名字を書いて、端末を男に向け直した。
「はい」
「……はい、ありがとうございます。じゃあ失礼します」
「ありがとうございましたー……」
運送用のトラックに乗って発車したのを見て、ドアを閉めた。
ダンボール箱に視線を落とし、
「……どういう、ことだ……?」
トラックの走行音が去るのを耳にしながら、どうにかそれだけ口に出した。
§
自分の部屋に戻り、床にお届け物入りダンボール箱を置き、それと向かい合って座り、睨み付ける。
これは、一体なんなのか。
慰めや悪戯だとしたら、あまりにも悪趣味だ。前者は私には必要ないし、後者は
「……でもなあ」
しかし、この文字は。
記憶の彼方に消えつつある、
「…………」
開けるか、開けないか。中身によっては返却してやりたい。返却する場合の手数料は? 開けても返却出来たか?
──色々と考えた末、ダンボール箱を開けると決断した。
カッターナイフでテープを切り、蓋を持ち上げる。
「……壊れ物か?」
恐る恐る、両手で包むように新聞紙を取り出す。予想よりも軽かったが、確かな重さがある。
新聞紙が重なっている箇所を見つけ、剥がすように広げる。
「……鏡?」
そうして出てきた物は、手鏡だった。
形は丸く、持ち手はない。フレームは紫色で、所々くすんでいる。色の名称は知らないが、何となく、ふとした時に触りたくなるような、そんな印象を受ける。そして、肝心の鏡本体は六つに割れてしまっていた。
「えぇ……?」
寿樹当人なのか別の誰かは判らないが、贈り物が二重の意味で壊れ物とは恐れ入った。
嫌がらせだろ、こんなの。
「でも、そしたら」
嫌がらせで、寿樹からの贈り物だとしたら、だ。
だとしたら──最終的に嫌われたことになるのではないか?
嫌われるようなことは、確かにしてしまったが、これは流石に、いくらなんでも……。
「……ん?」
両目が熱くなりかけた時、ダンボール箱にまだ何か入っているのが見えた。
折り畳まれた紙だ。『綾音ヘ』、『先に読んでね』、と書かれている。
「何だよ……?」
手鏡を床に置いて、代わりに紙を取り出す。
広げると、文章が書かれていた。
『逆井綾音ヘ
久しぶり。お元気ですか。急な贈り物で驚かせて、中身でも驚かせてしまったかもしれませんね。けっして、燃えないゴミを贈る、なんて嫌がらせではないのです。
さて。本題なのですが、一緒に贈られたであろう手鏡を、すぐに然るべき方法……後腐れのないように廃棄して欲しいのです。
この〝合わせ鏡〟は危険な代物です。僕はこれを使って、取り返しのつかない事をしてしまいました。きっと簡単には壊せないし、捨てられないと思います。でも、なんとかして廃棄してください。お願いします。
でも、もし本当に困った時は、鏡に直接触れて、その時どうしたいのかを願ってください。きっと願いが叶います。
あなたの親友・寿樹恵より』
「……えぇ?」
意味が解らない。贈り物をすぐに捨てろ、だって?
そんなの、代わりにゴミ出ししてくれと言ってるのと変わらないじゃないか。
「…………。分かんないな……」
贈り物をすぐ捨てろというのもそうだし、そもそもこの文章だけじゃ判らないことが多すぎる。後腐れのない方法とは? どう危険なのか? 取り返しのつかない事とは? 簡単には壊せない、捨てられないとは?
最後の願いが叶う云々に至っては、ますます意味不明だ。字の書き方も、どことなく違和感がある。
それに、
「……分からない」
記憶に残る寿樹恵は、少なくともこういう物に縋るような人間ではなかった。疎遠になった数年で何かが彼女を変えてしまったのかとも考えたが、それも考えにくかった。
私にとって信じられないくらい、良くも悪くも強い生き物、それが、寿樹恵という女だった。
寿樹がどんな人物だったかは置いておくとして。
鏡──手紙では〝合わせ鏡〟と書かれていたこれを、どうするべきか。
寿樹の要望通りにするなら、今すぐ廃棄が妥当だろう。
「燃えないゴミ、だよな?」
口に出しては見たが、
「…………」
形見のような物だからだろうか。どうにも捨てる気になれなかった。
「……とりあえず、ゲーム、もう少しだけやるか。十五分まで。それから考えよう」
口に出して、テレビに向かい合うように座り直す。鏡を自分の右横に置き、コントローラーを手に取る。いつものように、後回しにする。
十二時十五分まで、あと六分。
脱力感に襲われ、上半身が右に傾く。胡坐をかいた太股が〝合わせ鏡〟に触れたが、姿勢を直すには微妙にエネルギーが足りない。
「いい加減、出て欲しいんだけどなあ。『流れ星』……」
ぼやいたところで欲しい物は手に入らないと、上半身を持ち上げ、コントローラーを握り直した。
『流れ星』──欲しいアイテムを持っている可能性がある敵キャラに攻撃し、二十秒とかからずに倒した。
「……あ!?」
アイテム獲得を知らせるウィンドウが出てきた。
表示された文字は、『流れ星』。アイコンも『流れ星』のそれだ。
フレーバーテキストを読む。間違いない。
「やった……やった……!」
途方もない嬉しさと、ほんの少しの空しさが到来した。
「はぁ……!」
コントローラーを置きそうになり、寸前でどうにか心を落ち着かせ、念のためゲームを二回セーブした。そうしてから、今度こそ昼食を摂ることにした。
この時既に、とんでもない事に巻き込まれてしまったとは、気付く由も無かった──と、思う。
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