第17話 のるかそるか、それは問題だ ⑨



 地下鉄のホーム柵にはミュージカルの告知のポスターが貼られている。究極の愛を描いた話らしい。全然見たこともないような若い俳優と女優が抱き合っている。ああ、そうですか。


 ・・・私は一体、どうしたいんだろう。


 正直、自分の気持ちがよく分からない、と思う。


 一緒にいる間中、とにかく心を無にすることにばかり気を使っていて、草尾さんが何を話していたか、自分が何を喋ったのか、全く記憶に残っていない。


 ただ、覚えているのは、草尾さんの体温と、自分の動悸だけ。


 ものすごく苦しい思いをしたことだけ。


 自分が、草尾さんを好きなのは、もう間違いがないと思う。


 明らかに、彼女に感じるのは恋愛感情だ。


 頼りになる同僚、とか、優しい先輩、とか、そんな風には思っていない。


 この人が好きだ、と、思う。


 ・・・でも、ちょっと待って私。


 恋愛感情って、何だっけ?


 恋愛って何をするんだっけ?


 ・・・私は、彼女に何を求めているの?


 一体、どうしたいの?


 ・・・そこまでは、さっきも考えた。次の答えも、分かってる。


 その答えが、どうしても受け入れられないから、思考が堂々巡りする。


 もう一度考えて、私。


 一体、彼女と、どうなりたいの?




 ・・・もう、考えても仕方ない。結論は変わってくれない。


 単なる片想いでいいなら、別に、問題ないと思うのに。


 勝手に妄想しているだけなら、誰にも迷惑かけないと思うのに。


 一緒にいる間、何度も、危ない、って思った。


 ・・・キスするチャンスが何度もあった。


 本当に、ギリギリで回避出来た自分を、マジで褒めてやりたい。


 本気で、キスしたい、って思った。


 抱き寄せてしまいたいって思った。


 ・・・もう、完全にアウトだよね?


 このままじゃ、きっと私は草尾さんを困らせる。


 私は普通に接することが出来ない。


 また、不意に、体が動いてしまう。


 もう、草尾さんに近づかないようにしないと。


 じゃないと、せっかく、始めたばかりの新生活が、全部闇に閉ざされちゃう。


 何よりも、草尾さんに、軽蔑されたくない・・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

(仮称)公衆衛生医師、保健師に恋を語る。 遠実らい @nijiiro-osakana-kan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ