神の目
私は、天使の翼っぽいものが見えているらしい。ぽい、というのは、色が大天使のように純白でも、堕天使のように漆黒なだけでなく、虹のように実に様々な色があるからだ。寧ろ、純白や漆黒は滅多に見かけない、珍しい部類に入る。
物心ついた時から見えていて、一緒にお風呂に入っていた父に一度だけなぜ翼が生えているのか聞いたことがあった。父はいたって真面目に「父さんには見えないがお前に見えているのなら、お前はもしかしたら神の目を持っているのかもしれないなあ」と冗談を言った。子供特有の妄想癖と言うか、子供の戯言だと思っていたのだろう。当時の私はとても純粋で(今でもとーってもピュアだが)自分は本当に神の目を持っていると信じ切っていた。私が次に起こした行動は容易く想像できるだろう。たまたま友達とその親たちと温泉に行く機会があり、服を脱ぐと友達にも翼が生えていたので、ちょうどいいと思ってそのことを話したのだ――みんなの背中には天使の翼が生えていて、それが見えている自分は神の目を持っているからだ――と。案の定、友達には笑われ、そんなのあるわけないじゃーん、と私を嘲笑いつつ、背中の翼をもぎ取る動作をした。不思議なことに、彼らの手は翼を掴むことなくすり抜けた。そして、次の日からは「神」と呼ばれるようになった。今思えば黒歴史だ。記憶から消し去ってしまいたい。
さて、私が見えているその翼だが、どう見ても実用性がない。人が飛ぶためには小さすぎて、ただのお飾りでしかない様子だ。そもそも、認識できないものは存在しないのも同然なので、意味があるかどうかさえも怪しい。
それでも、幼い頃から他人の背中に翼が生えているのを見慣れているせいでそれを日常の一部として受け入れ、私はそれについて特に深く考えることもなく、色とりどりの翼が目に飛び込んでくる日々を過ごしていた。そして、私はあることに気が付いた。
翼が純白に近ければ近いほど、死期も近いということを。
長年の友人が過労で入院したので見舞いに行った。初めて訪れた日はまだ灰色っぽかった。しかし、段々とその色は髪の色が抜け落ちるように薄くなっていった。
最後に会った時には、その翼は純白のシフォンのカーテンのように白くなっていた。
「ここに来てから、時々考えるんだ。何であの頃はあんな必死にしがみついてでも仕事してたんだろう、って。さっさと舞台から降りればよかった」
そう言いながら友人は持っていた本の表紙を撫でた。『銀河と宇宙』。
「…………今日は泊っていくよ」
暗い病室。仄かな光。月明かりに照らされてきらめく大きな翼。純白の羽。体から離れ、やがて夜空に吸い込まれた。
いつの日かの記憶が蘇る。いや、もしかしたら夢だったのかもしれない。それほど幻想的な光景だった。
私達の翼は、 へ行くためにあるのだ。
天使の翼 KeeA @KeeA
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