第四章 鵺はどこからやってきたのか?
第一話 水留浄一による推理
「……実に怪奇的だ。ぼくがいないところで、そんな面白おかしい――もとい、大変なことが進行していたとは、許せないな」
小春の傷の手当てをしながら、ことのあらましを説明すると、浄一センセーはマイペースに唸ってみせた。
部屋の中に残された、なんだか解らない宗教の道具ひとつひとつを、彼は
最終的には、元からあった除霊カーペットをひっくり返し、「うん、これは犬の毛で出来ているね。踏ませることで
十辰から買い求めた一品であることを、当然センセーは知らない。
なのに語られる内容は、碓氷さんが口にしたものと部分的な重なりを見せており、俺は、いまさらになって身震いをすることとなった。
「……で? なにを見たんだい、君たち?」
押し殺せない好奇心を顔に
本当、このひとブレないな。
知的探究心だけで生きてるのか?
「おじちゃん、もうちょっと
「小春ちゃんの言うことはもっともだが、ぼくは切人くんを信頼しているからね。そういった時、この青年はきっと責任を取ってくれると確信している」
「なんでそうなるのさ……!」
顔真っ赤にしてブチ切れる小春。
心配して欲しいときに
あと、俺の責任がどうこうってのは、なんだ?
「さて、場を和ませる作家ジョークはここまでにして、だ。あちらが打って出てきたからには、ぼくらも受け身でいるわけにはいかない。現代社会で祟り殺されるなんて、まっぴら
あちら。
その言い方だと、センセーには十辰たちが何者なのか、推察がついているってことか?
「無論だとも。もっとも、確信に変わったのはいまさっきだが」
彼は一度
重々しい表情で、告げる。
「彼らは〝憑き物筋〟だ。それも、狗神なんてわかりやすいものじゃない。おそらく――大陸から渡ってきた、
§§
「憑き物筋というのはね、そこにある〝
服に付く泥の
「あとは」
俺は、自分の手を見おろし、傷口へと言葉を落とす。
「
「いい線を行っているね。結果的には同じだ。けれど、本質は違う」
まるで教師のように、水留浄一は続ける。
「〝穢れ〟とは、共同体に破綻をもたらす不浄だ。そしてこれは、死・疫病・性行・出産・怪我・排泄などによって発生すると考えられてきた。いや、発生では少しニュアンスが違うか。なぜなら〝穢れ〟とは〝
あまりに専門的な言葉で、理解が追いつかず、俺は首をかしげてしまう。
すると小春が俺の手を取って、包帯を巻いた。
包帯に、血が
「見て、きりたん。いまこの傷口は血を吐き出しているでしょう? ひとって、失血が続くとどうなる?」
「そりゃあ」
普通の人間は死ぬ、と言葉を続けそうになって、慌てて口を押さえる。
そうか、そういうことか。
センセーを見遣ると、彼もまた頷いていた。
「血が抜ける、生気が枯れれば人は死ぬ。血を媒介にして病が感染することも、血の中で雑菌が増えることだってある。これは、逆の見方をすれば、血が死という穢れを運んでいるようにも見える。現代のぼくらは手洗いをすれば雑菌が洗浄できることを知っているが。しかし過去の彼らは、雑菌という概念を知らずとも、水で〝穢れ〟を流せると知っていた。もちろん、文脈は違うものだが……」
結果は同じ、ってことか。
「話が早いね。〝穢れ〟は病気や死そのものなんだ。だから、ぼくらの想像する
「穢れが、感染する……」
「そうだ。そして、いるだけで〝穢れ〟を振りまくとされたのが、憑き物筋なんだ。特定の血筋、あるいはその階級にあるものは、それ自体が穢れとして扱われてきた。村社会という助け合いの中で、公然と痛めつけてよい相手という枠組みに押し込まれてね。
彼が、角張った顔からは想像も出来ない、豊かな言葉で幻想を
「日常、降り注ぐ陽光の下。君は雑踏の中を歩いている。影法師のように
そして、穢れを
「そんなのは……っ」
口を突いて出そうになったのは、そんなものは差別だろうという言葉。
死を振りまく人間が仮にいて、それが遺伝するとして、だからって人権を奪われてよい道理はない。
出歩くななんて言えないし、人に近づくななんてあんまりだ。
――けれど、解ってしまう。
先ほどまで、絶望を経験していた俺は、理解できてしまう。
いるのだ。
あるだけで人を不幸にする元凶、怪異としか表現できない血統、そういったものが、現代にも生きて。
いつすれ違うかも解らないぐらい近くで、息を潜めているのだ。
「
俺たちは、誰に〝呪詛〟をうつされても不思議ではない世界に生きているってのか。
「うん、そうしてそれこそが、彼、
怪異作家は。
深刻な表情で、その言葉を口にした。
「狗神憑きたる一族――
§§
「十辰が、犬辺野の家系?」
センセーの言葉に、俺は戸惑った。
そりゃあ、状況からしてあいつが碓氷と手を組んでいたのは間違いないだろう。
だからって十辰と犬辺野をイコールで結ぶのは、
俺が考えていることなど、センセーにはお見通しだったのだろう。
彼は四角四面の顔でゆっくりと頷き、この数日間の話をしてくれた。
「ぼくはね、なにも
それが、十辰が小春に教えた週刊誌。
開かずの踏切に飛び込んだという中年女性について取材をしたライターさんなのだと、センセーは言う。
「これから、ぼくは彼に会うつもりだ。おそらく、そこで足りないピースが揃うことになるだろう。切人くん、小春ちゃん。君たちは、どうする?」
センセーのと問い掛けに。
俺と小春は、ただ頷いた。
ここまで来て、逃げたら無事で済むなんて楽観、出来るわけがなかったからだ。
俺たちは、夜の町でひとりのライター。
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