切人と小春は故郷を想う
第閑話 その村はなにを信仰していたのか
無論のこと、それほとんどはオカルト関係。
大部分は、俺が体験した怪談について、より
「きりたんって、身体を洗うとき、どこから洗う?」
二回生になったばかりの頃、小春に突然そんなことを
飲み会の下見だとかで連れて行かれた居酒屋でのことだった。
「どこって……両手からかな」
「え゛」
「え゛ってなんだよ、え゛って」
「だって。普通頭から洗うでしょ。そうしないと洗い流したとき、頭皮の汚れが身体に付くから二度手間じゃん」
「流せば気にならないだろう」
「……きりたんって、結構ずぼらだよね」
うるせーな。
なんで突然そんなことを訊ねてきやがったんだよ。
そう問い返すと、彼女は酒の
「うん。じつは浄一おじちゃんに頼まれてさ」
「センセーに?」
この頃すでに、俺はセンセーのお世話になっていたから――すべて小春のせいだ――ならば真剣に相手をしなければならないだろう思い直した。
「なんかね、村での暮らしと都会での暮らし、なにが違うかまとめて欲しいって」
「なにもかもだろうよ……」
「うん、だから途方に暮れてて……まずはあたしときりたんの違いから
それで、
しかし、村と都会の暮らしか。
一致しているところを探す方が難しいぞ?
「センセーは納得してくれないけど、そもそも俺たちに、隠れキリシタンって認識はないよな」
「ぜんぜん違う。一緒にしたら失礼過ぎるってぐらい違う」
お互いに頷き合う。これは、あの村に暮らすものの共通認識だった。
村人の誰に聞いても、おそらく自己をキリシタンと定義するものはいないだろう。
小春の言うとおり、同一視することが不敬だからだ。
俺たちは先祖の誰がはじめたとも知れない風習を、
――たとえば。
村の連中は早朝、決まった時間に身内をたたき起こし、総出で集会場へと繰り出す。
そこで、ふにゃふにゃと意味をなさない呪文を口にする。
これが日課だ。
「でも、あの呪文、
「村長とかですらそうだからな。きちんと出来るのは、あの動作だけだろ」
呪文を口にしつつ、左拳の親指だけを立てて、額、胸、左頬、右頬の順で触れる。
手を合わせ拝む。
これを三度繰り返す。
村の朝は、そうやって始まるのだ。
「おじちゃんは、具体的になんと唱えているか教えてって言ってた」
「だから、解らねーよ」
「三人寄れば文殊の知恵! 理論上は二人でも七割ぐらいのパフォーマンスは発揮できるはず!」
そんなわけはないのだが、センセーには本当にお世話になりっぱなしだった。
だから、少しでも恩義に報いようと、必死で頭をひねったを覚えている。
「〝丸や〟、〝サンタ〟、〝そだき〟、〝お百〟、〝殺生石〟、〝あんめい〟……あたりは言ってただろ」
「……よく覚えてるね、きりたんスゲー」
うるせーよ。
「それで、ほかに、なんかあったっけ? 街ではしないこと」
「繰り返しになるが、しないことだらけだよ」
村の奴らは俺を
誰も意味がわからないくせに、〝きりばんめ〟は大切だからと、意味のない厚遇を受け続けて。
友達からすら贔屓の目線で見られ。
俺はそれがたまらなく嫌で。
「えっと、そう言うのじゃなくて」
「なら、あれだ」
月に一度は、村の外れにある〝
酒と野菜、米、それから油を供えて、「おやすみください」「おねむりください」と告げる。
どうしてそんなことをするのかと父母に聞いたところ、「〝荒神さま〟が起きてこないようにやるんだよ」と教えられた。
荒神さまがなにを指すのかは、未だによくわかっていないが、殺生石を指して〝丸やさん〟と呼ぶ老人は多い。
また、殺生石の近くにはおいなりさんの社もあった。
だから、もしかすると関係があるのかも知れない。
「ワンモア!」
「……鳥居に、斑と書かれた神社」
「きりたん、その話好きだけどさー。あたしも含めて、村の人誰もその神社知らないんだよね。夢見がちなお年頃?」
ぶん殴るぞ。
それでも彼女は、他になにかないかと身を乗り出してくる。
俺は散々頭をひねり、
「……ああ、もうひとつあるな」
ふと、なんでもないことを思い出した。
「なに?」
「おまえが、一番得意なやつ」
「?」
首をかしげる彼女に、「〝あじょも〟だよ」と俺は告げる。
村ではいうことを利かない子どもに「そんなだと〝あじょも〟が来るぞ」と叱りつける風習があった。
〝あじょも〟とはオバケを指す言葉だが、別の意味もある。
「……人食い」
「そう、人食いがくるぞ、ってな」
人食いのバケモノ。
俺たちはこれを、あじょもと呼んでいた。
§§
そうやってアルコールを重ねながら、夜更けまで。
俺たちは郷里のことを語り合った。
提出したレポートを先生は大喜びで受け取り、結構な額のお小遣いをくれたが。
そのほとんどが小春のアクセサリーへと変わってしまった。
うん……まあ、いい思い出である。
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