第八話 赤色の伝染

「いくらなんでも、話に連続性がありすぎるんだよ。おじちゃんは恣意的しいてきっていったけど、もっと強い悪意をあたしは感じる。これ、絶対に昨日今日広がりはじめた噂じゃないもん」


 小春の言うことは解る。

 なんだってそうだが、なにかが拡散するときは、意図的かどうかにかかわらず、下地が整っているはずなのだ。


 ネットでデマが爆発的に広がるのは、それを拡散する人間がいて、その人たちが情報を飲み込んでしまう状態にあって、はじめて起こることだ。

 山火事が広がるのだって、空気が乾燥し、虫が食って木が枯れて、下草が枯死こしし、そこに火種ひだねが落ちるからだ。


 なにごとも、〝環境〟がなければ大きく広がることはない。種火をあおり、火に風を送るものがいなければ、消えてしまう。

 だとしたら、だ。

 この〝幽霊屋敷〟はどうだろうか?


 俺が地元で見た上半身だけの女。

 赤い少女。

 さっちゃん。


 すでにこれだけ、連鎖が起きている。

 細かいところに目を向ければ、もっとだ。

 それは、土壌があるからではないだろうか?

 誰かがたがやし、広げた土壌かんきょうが――


想像イメージして欲しい』


 センセーが、厳しい面持ちで言う。


『世界という、真っ白な紙がある。そこに、噂という、赤いインクが一雫ひとしずくこぼれ落ちる』


 それは毛細管現象のように。

 細く枝分かれした根を伸ばしながら拡散し、いびつな形の足跡を形成する。


『噂が歩いたあとには、〝赤い怪異〟という根の道が出来る。どれほど薄くなろうとも、赤という〝呪詛じゅそ〟は残り続ける』


 呪詛はすべてをむしばみ、やがて一面の白を。

 赤色に染め上げてしまう。

 血の一滴が、そうであるように。


『この怪談は粘菌ねんきんが這いずったように伝染し、移動していると考えるのが妥当だとうだろう。いや、感染という言葉を使う方が、正しいかも知れない。人の間を、渡り歩くのだからね』


 そんな、馬鹿な。

 生きているわけでもない噂が、そこまで一人歩きするわけがない。


 そう口にしかけて、ぞくりとする。

 一人歩き。

 本当に、噂が――赤色が、歩いて回っているとしたら?


「まさか、センセー」

『そうだ。ぼくは、この話の中間地点を知っている。欠けたる噂の道中を知っている。だから、ここまで推察できた。この〝赤色〟はね、明確に移動をする。こんな話を知っているかい? 夜道を走っていると、見覚えのある光景が連続するという話なのだけど――』


 ゴクリと。

 誰かが喉を鳴らした。

 怪異作家、水留浄一が、怪談を口にする……



§§



 夜道を車でひた走る。

 法事からの帰りだった。

 慣れない道のりなので、カーナビを起動していた。


 しばらく走っていると、お地蔵様が見えてくる。

 ひとつやふたつではない。

 ずらりと道の端を埋め尽くすほどの石仏が並んでいる。


『へー、こんなところがあったんだなぁと、彼は感心しながら車を転がす。いや、待てよ。行きがけには、あんなものなかったような……そんな風に思っていると、またお地蔵様が見えてきた』


 なんだか不気味だなぁ、不思議だなぁと眉をひそめたとき。

 赤色が、目に飛び込んできた。


『女が立っていた。背の低い、赤い服の女。それが仏像たちの真ん中にうずもれるようにして、うつむき立ち尽くしている』


 これは気味が悪いと、アクセルを踏む。

 一刻も早く帰ろうとカーナビを見るのだが、既に自宅へ辿り着いていることになっている。


『故障か? こんなときにたまったものではないと機械を殴りつけると、うるさいノイズを吐き出して、カーナビは壊れてしまう』


 そして、外にはまた、お地蔵様。

 お地蔵様の真ん中に、赤い女。


 怖くて怖くて、パニックになりそうで。

 それでもひたすら道を走り続けていると、やがてお地蔵様は見えなくなった。


『ああ、ようやく家に帰れる。そう安堵したとき――』


 背後から、か細い声を掛けられた。


『「乗せてくれて、ありがとう」――ハッと運転手がバックミラーを見ると、そこには――下半身がない、赤い女が微笑んでいた。背が低かったのではない、女には足がなかったのだ……という話だよ。この十年、似たような話が各地で連続している。ぼくはそれが不思議で、追いかけていたんだ』


 センセーが語り終えて、けれど誰も口を開かなかった。

 ありきたりな話だと、どこかで聞いた覚えのある話じゃないかと、笑い飛ばせるものは皆無だった。

 点と点が繋がっていく。

 無数の糸が、一本へとより合わさっていく。


 かつてセンセーは言った。

 よく聞き知っているような、ありきたりな怪談が、じつは根っこの部分で、恐ろしいけがれと繋がっているなどと言うことは、よくあるのだと。


 ああ、なんておぞましい。

 俺たちは、その事実を認めるしかなかった。


 ――この怪異は、感染するのだ。


『あくまで推測だ。否定する材料だってある。けれど――この〝赤色〟は伝染する。動いて回る。そう仮定した上で三人とも、よく聞いてほしい。ぼくはね、この赤色がどこから来たか、知りたいと思う。出発点は――〝感染源〟は、どこだったのかと、ね』


 彼のその言葉が切っ掛けだった。

 小春は、独自の理屈で。

 十辰は、センセーが提供してくれる資金を目当てに。

 そして俺は、理解不能な怪異を読み解き、恐怖から逃れるために。


 〝幽霊屋敷の怪〟。


 その正体を、調べることに決めたのだった――

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