第五話 変わらない友情

「やあ、切人きりひと! 相変わらず浮かない顔をしているな! 不景気か!」

「……十辰じゅうたつか。こないだは、夜中に呼び出して悪かったな」

びる必要はない。自分もタダ飯を相伴しょうばんあずかったし、土産みやげまでもらった。貸し借りは無しとしておこう!」


 助かると応じて、ようやく俺は苦笑を浮かべることが出来た。

 悪友が、つとめて普段どおりに接してくれたからだ。


 数日前、マスクの女と遭遇した俺は、全力で逃走。

 一番近い24時間営業のファミレスへと飛び込み、そこでこいつを呼びつけた。

 夜中だってのに駆けつけてくれた悪友の、変わらない憎まれ口とすかしたつらが、どれほど俺を救ってくれたかは筆舌ひつぜつしがたい。

 こうして何事もなく大学で再会できたことを喜ぶとともに、改めてお礼をしなければと強く思う。


「しかし、逃げ切れたのなら、口裂け女ではなかったのではないか?」


 十辰が、不思議そうに言う。

 どういうことだ?


「いや……話に聞くかぎり、口裂け女とは異様に足が速く、自動車でも追いつけないらしいではないか。また、狙った獲物えものは地の果てまで追いかけるとも聞くぞ?」


 ……そうなのか?

 それがマジなら、やはり俺の勘違いだったのかもしれない。


「うむ、どちらかといえば、自分はあちらに驚いたな。客は我々だけだというのに、お冷やが三つ出てきて」

「やめろ。思い出したくもない」


 あったけどさ、あれは店員さんの勘違いで決着したから!

 なにもいなかったから!


「そ、そーいえば、だ」


 これ以上の言及げんきゅうから間逃れるため、俺は話の向きを変えることにした。


「お土産、折り詰めでよかったのか? 珠々じゅじゅちゃん、だっけ? 妹さんは、ケーキとかのほうが喜んだんじゃないのか?」

「ふむ、気遣い痛み入る。だが、そこはよく出来た自慢の妹だ。食べられさえすれば、なんだって喜ぶとも」


 ほーん。


「やっぱり、妹ってのはかわいいのか? 俺は、一人っ子だからよくわからんが」

「かわいいさ、かわいいとも。食べてしまいたいぐらいかわいいよ」


 冗談を口にしながら笑う十辰からは、家族への確かな愛情が感じ取れた。

 自然、こちらの口元も緩む。

 そうだな、なんだかんだ言って、大事な人というのはいるものだ。


「さて切人、本題だ。小春さんから聞いたぞ。幽霊屋敷について調べているらしいではないか。動画の撮影をして、一山ひとやま当てようというのなら、不肖ふしょう嵯峨根さがね十辰、協力は惜しまないが?」

「違げぇーよ、馬鹿。興味を持ってるのは小春とセンセーだけだ。俺だけだったら、とっくに逃げ出してる」

「センセー」


 彼が、その言葉を反芻はんすうした。

 そういえば、ちゃんと紹介したことはなかっただろうか?


「水留浄一先生。ほら、売れっ子怪談作家の」

「……名前は存じ上げているが。それと、おまえさんがたに、いったいなんの関係が?」

「小春がセンセーのめいなんだよ。で、俺はオカルトに遭遇するたび、それをセンセーへ語って聞かせる。すると、金がもらえる」

「金」


 ピタリと、十辰が動きを止める。

 考え事をしているようだった視線が、ぐいっと降りてきて俺を見詰め。

 そっと、こちらの両手を取った。

 気色悪い。


「金!」

「……ひょっとして、俺はいらんスイッチを押したか?」

「詳しく聞かせてくれ、我が盟友めいゆう菱河切人! 友情とは、かくもうるわしいものだろう?」


 文字通り目の色を変えた悪友の顔には。

 金づるを見つけたと、でかでかと書かれていたのだった。



§§



 本腰を入れて調べると言い残し、十辰は足取りも軽やかに去って行った。

 あれは、すでに金一封をもらった気でいる顔だ。


「はぁ……」


 ため息を吐くと幸せの青い鳥は逃げていくというが、俺の場合は万単位で逃がしている気がする。

 講義がはじまるのを待ちながら、そんな物思いにふけっていると。

 ふいに、声を掛けられた。


「菱河切人さん、っすよね?」

「……どちらさんで」


 見覚えのない、ガタイがいい男たちが数人、難しい表情で俺を見おろしていた。

 ……なんだ、面倒事ばかり加速するなと、再びため息を吐きそうになり、なんとか飲み込む。


「いいや、言わなくても。俺、忙しいし、多分人違いだ」

土岐洲町ときすまちの幽霊屋敷にえんがあるもの……っていえば、話を聞いてくれるっすか?」

「…………」


 立ち上がろうとした俺の両肩に、重たい腕が載る。

 周囲は、彼らによって完全に包囲されていた。


 やくい。

 これは、どう考えても厄い。

 屈強な男たちの有無を言わせない調子に、こめかみをひとすじの、冷や汗が流れる。


「……ノーって言ったら、見逃してくれるか?」

「場所を変えましょう。次の講義が始まるっす」


 確かに、講師が入室してくるのが見えた。

 俺は。


「はぁ……」


 盛大にため息を吐き、両手を挙げ降参のポーズをしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る