第二話 怪奇作家に体験談を語ること
「――いやぁ。踏んだり蹴ったりでしたよ、今日は」
汚れた服を着替えた俺は、ノートPCの画面に向かってため息を吐きかけていた。
あれから。
なんとか幽霊屋敷を
大学からは遠いものの家賃は安く、比例するように壁が薄いアパートメントだ。
たまたまお隣さんが
帰宅直後、ポケットの携帯が振動。
会う約束をすっぽかした幼馴染みから、鬼のような数のショートメッセージが届いていた。
神隠しに遭遇してからというもの、あいつは俺と連絡が付かなくなることを、とみにつけ嫌う傾向があった。
大学の友人から押し売りされた、魔除けの
ふと、自分が
表紙を開くと、ページがひとつ、減っていた。
その事実に、いまさらになってブルリと背筋が震え、ひとりでいるのが急に恐ろしくなって――
『それで、ぼくに連絡してきたというわけか。英断だね』
画面の向こうで、ホームベースのような顔つきをした男性が、口元だけの笑みを浮かべた。
和服を着こなした、短髪の壮年男性。
俺はこのひとのことを、センセーと呼んでいる。
『センセーというほど、ぼくは大作家ではないのだけれどね。年に数冊出すのが関の山の、しがない物書きさ』
センセーは
大学における
センセーは、その
だから彼のことを、俺は
もっとも――
『そんなことより、早く続きを聞かせてくれたまえ! それで? 赤い少女はどうなったんだい? 御朱印帳は? 犬は? 水の音の正体とは? あー、
――この通り、オカルトが
怪奇作家、
その界隈では名の知れた、〝行動的〟な小説家。
友人知人、果ては読者まで、
本人はしがないなどと
さて、そんな大人物とどうして俺が面識を持っているのかといえば、すべては悪友の
いま重要なのは、俺がまた怪談の当事者になってしまったという事実の方だった。
「逃げたに決まってるでしょ。あんな
『なんて
「おい」
だいの大人が言うセリフじゃないぞ?
『失敬。しかし、いいかい
低く落ち着いた声が、べらべらとよく回る舌で
物書きというのは、皆こんなに
『特殊というのなら、君の方が特殊だろう。御朱印帳は残り何枚だい?』
「……四枚です」
『つまり、君はこれまでに百四十回も〝死〟と〝蘇生〟を繰り返してきたんだ。それが特殊じゃないとは、言わせないぜ?』
そう。彼、水留浄一は。
俺が〝不死〟であることを知っている、数少ない人物だった。
§§
〝
悪いことをしたら〝丸やさん〟が来るというのが、大人たち定番の
神社には、地元の誰も近づかなかった。
けれど俺にとって、そこは大切な祈りの場所だったのだ。
あるいは――秘密基地というべきだろうか。
落ちて壊れた鈴は、敵の来訪を告げるサイレン。
御神体たる
毎日、毎日。
雨の日も、風の日も。
俺はあの神社へと通い詰めた。
鳥居の上には看板が付いており、かすれた文字で〝斑■神社〟と書かれていたのを覚えている。
幼年期において、神社のいる間だけが、俺にとっての安らぎだった。
わけのわからない理由で暴力をふるってくる両親とも、顔を合わせれば
あたかも、俺を歓迎してくれているようだったから。
しかし――なにかが狂った。
どこかでおかしくなった。
『■■の死は失われた。ゆえに、おまえに死はない』
酷く必死な気持ちで、
彼らはボロボロと涙を流しながら、俺に向かって
なにが起きたのか解らなくて、きょとんとしていると。
自分がなにかを握っていることに気がついた。
それが、〝御朱印帳〟だった。
面表紙に、十字が刻まれた
あとになって聞けば、何ヶ月もの間、俺は行方不明になっていたらしい。
ほうぼうを尽くして
その間のことを、俺はなにも覚えていない。
ただひとつ、理解していることがあったとすれば、自分に起きた変化のこと。
あの日から俺は。
菱河切人という人間は――
〝不死〟に、なったのであるから。
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