好きな女の子の恋愛相談に乗っているんですが、初彼氏との惚気話を聞かされるだけで、なんの進展もなく半年が過ぎようとしています。

首領・アリマジュタローネ

好きな女の子の恋愛相談に乗っているんですが、初彼氏との惚気話を聞かされるだけで、なんの進展もなく半年が過ぎようとしています。



『君はその彼氏と付き合っていて幸せなの?』



 そんな言葉を吐き出すこともなく、今日も偽りの笑顔を浮かべながら、彼女の話を決して遮らずに、丁寧な相槌を打って、耳を傾ける。


 僕はいいひとだから、彼女の味方である。

 僕はいいひとだから、彼女の幸せを願っている。

 僕はとてもいいひとだから、彼女が不幸になるのは望んでいないし、その素敵な彼氏さんと末永く幸福になってほしいと祈っている。




『うん、幸せだよ!』




 だなんて言葉を聞かされたら、僕はどんな感情になるのかな。

 試してみるのもいいかもしれない。

 いや、そんなことをしても意味はないんだけどね。



「それでね」

「うん」

「はじめて、彼氏とクリスマスを過ごしたの!」

「えー、はじめてだったんだ!?」



 リアクションは大きめに。あくまでも“友人”としてのスタンスは崩さない。

 絶対に崩さない。

 崩してしまったら全てを失ってしまう。


 ジェンガを一個ずつ指先で掴んで丁寧にテーブルに並べていくような感じで、心の中の怒りと憎しみと劣等感を抑えながら、聴き続ける。

 傾聴というやつだよ。


 彼女は学生時代はクラスでも地味な部類で、人間関係を上手く形成することができなかったと以前に語っていた。

 フリーターの僕がこの子と出会ったのはもう四年も前のことで、バイト先にいた仕事ができないダメな子というのが初対面での印象であった。

 彼女も就職活動に躓いて、一年ほどブラブラしていた。境遇は僕と似ていた。


 本音が言えず、人の顔色を窺って、気を遣いすぎてしまい、悩みを一人で抱え込んでしまい、対人恐怖症に陥ってしまう。

 簡潔に言えば“コミュ障”ということなのだが、それを克服しない限りは面接なんてとても難しい。

 だから接客業のアルバイトをすることで、人とどう接していけばいいのかを学習するのである。


 学生時代にそんなことをしとけ、という話になればそれもそうなのだが、高卒で大学に通うお金もない僕と、中退した彼女とでは、ロクな学生時代というものを経験してはいなかった。

 当時が19歳だから、今は23歳。

 彼女は一個下だから22歳。

 そして、彼女と付き合っている彼氏は2歳上の25歳である。

 どうでもいいけどね。


 彼氏の情報は聞きたくはないが、嫌でも耳に飛び込んでくる。

 そこそこ名の知れた私立大学を卒業して、そこそこ名のしれた企業に勤めて、今で3年目。給料もそれなりに貰っているらしい。

 女遊びをすることもなく、一途に彼女を愛しているそうだが、最近は仕事で忙しくてロクに会えていないらしい。連絡もあまり取っていないとか。


 二人の出会いはどこか運命的で、カフェでバイトをしていた彼女に「友達になってくれませんか」と彼氏の方が連絡先を渡したのがきっかけであった。

 彼女は躊躇したらしいが、それでもよく来てくれる常連の客を失いたくないという変な勤勉さと責任感から、連絡したそうだ。

 で、そんなこんなんで付き合っている。

 警戒心の強い、臆病な、それでも押しに弱い彼女には遅咲きの春がきたのである。

 喜ばしいことですよね。


 そして、僕。


 僕は単なる脇役で、言うなれば“モブキャラ”なのだが、それでも“彼女の長年の友人”というポジションを手に入れることができた。

 学生時代、根暗だった僕には色恋沙汰というのはまるで縁がなく、いつもクラスの端っこで机にうつ伏せになりながら、近くにいる女子のトークを盗み聞きしていた。

 女の子の話は大抵が色恋沙汰である。

 彼氏がどうたら、というくだらない話である。

 でも、僕はそれを聞くのが好きだった。

 なんでか、好きだった。


 たぶんそれは女の子が《素敵な彼氏との惚気話》をする瞬間が、とても愛らしく思えるからなのかもしれない。

 恋は人を変えると聞く。

 女性は愛してくれた人を手に入れると、輝きが増す。

 本当に心の底から「幸せ〜!」って気持ちで喋るから、聞いているこっちも楽しくなるのである。

 たぶん、おそらくね。


 そしてもう一つ理由があって、きっとそれは僕が内心恋愛というものに興味があったってのもあるのかもしれない。

 僕は異性に愛されたかったんだと思う。

 すごいって認めてもらって、称賛されて、自分がここにいていいんだ!という生きていく価値みたいなのを求めていたんだと思う。

 勇気がなかったから行動できなかっただけで、僕は本当は色恋沙汰が大好きだったんだ。

 たぶん、おそらく、きっとね。


 で、だ。


 そして僕はこの子を好きになってしまった。ずっと友達でいて、僕にとっての唯一の女友達で、バイト先は変わってしまったけど、本当は告白できないだけで、三年間ずっと好きだった。

 いや、わかんない。

 好きだった、というとおかしい気もする。その間に僕は他のバイト先の子を好きだったし、でもその子に振られて励ましてくれたのもこの子だったから、そこから意識したって方がいいのかも。

 うーーん、わからないね。

 タイミングがわかんない。

 

 ただ一つ言えるのは、他の人のモノにはなって欲しくないって気持ちだけ。

 変な独占欲だなと自分でも思う。

 これが恋なのか“自己愛による依存”なのかは判断がつかないけれど、それでもやっぱりこの子のことを手放したくなかった。

 出来ることなら、変わりたい。



 だって、僕の方が彼女を知っているんだからさ。



「クリスマスかぁ……。僕もあんまり経験ないかな」

「えー、ないんだ。意外!」

「意外なの?」

「だって、彼女いそうだもん! 優しいし」

「……僕って、優しいの?」

「優しいよ〜! 私なんかと今でもこうやって仲良くしてくれてさ、悩みも聞いてくれる。すっごく素敵な人だと思うよ!」

「ありがとね」



 僕は素直に笑う。でも、心の奥では悪魔が笑みを見せていた。


 彼女なんて出来たことがない。誰かに愛された経験もない。

 “意外”だと思われているということは、それなりに愛想は良くて、異性から好かれても問題ない振る舞いをしているということだろう。

 問題はない。


 しかし、じゃあ逆にいえば「なんでモテそうなのに、彼女がいないの?」という話になってくる。

 僕はまだ23歳だ。若いと言われる年齢だ。

 だが、恋愛経験は学生時代から止まっている。そうするともう23歳でもある。

 同年代の奴らは結婚を考えだすことだろう。

 特に25の男なんて、落ち着きたいと感じるに決まっている。

 経済力も安定しだす頃だしな。



 ……まあ、どうでもいいけどね!



「クリスマスどこに行ったの?」

「動物園!」

「へー、学生みたいなデートするんだね!」

「……え、変?」

「あ、いや……おかしくないよ! ごめんね」



 ついつい口走ってしまう。皮肉がこうやって、怒りがこうやって、嫉妬がこうやって、時々顔を見せてしまう。

 動物園? 25歳のやつが? 金を持っているのに、なんでそんなガキの遊びみたいなことをしているんだ?

 もっとあるだろ。金を持っているんだろ?

 お前は優秀で、ちゃんとした大学を卒業して、そこそこ給料をもらって、それなりに良い暮らしをしているんだろう?

 おかしいよなぁ。

 金を持っているのに動物園だなんて変だよなぁ。


 しかもクリスマスだろ? なんでクリスマスに動物園に行くんだよ。あたまおかしくね?

 普通だったら水族館だろ。僕なら、水族館に連れてくぜ?

 季節感考えろよな。動物きっと寒がっているしさ。

 それってさ、彼女のことを見下しているからじゃないのか?

 この女程度なら、このくらいで良いやと遊ばれているからじゃないのか?

 おいおい、それはダメだって。

 さっさと別れた方がいいぜ?


 その男は遊び人だよ! 絶対そうだって!



「ど、動物園は楽しかったの?」

「うん! 楽しかったよ〜。彼氏の車に乗って」

「え、車?」

「うん。彼の車だよ?」

「あー……車」

「それでね、長い時間運転してくれたのに『お疲れさま』って、彼の方がホットコーヒーを買ってくれたの! 『本当は水族館の方がいいかなと思ったんだけど、俺、動物の方が好きだから』って!面白い人だよね〜!」

「う、うん。ユニークな彼氏さんだね」



 面白くもなんともねぇよ、と言いたくなったけど、我慢した。僕はえらい。


 面白いか? 面白いかこれ? まあ、風変わりの人なんだなとは思うよ。連絡先を自分から渡しにいける積極的な人だし、男らしさも気遣いもできる優しい人っぽいしね。


 でも面白くはないよね?

 だって、それって彼女の気持ちをさ、考えてないもんね。


 自分の都合だけで、しかも『動物の方が好きだから』とかいう意味不明な価値観を彼女に押し付けてさ、水族館という王道かつ定番の場所を避けて、よくわからないユニークさを見せているあたり、全くさ、彼女の気持ちを考えてないよね。

 普通だったら、聞くでしょうよ。



『クリスマスはどこ行きたい?』って。



 僕なら話し合うよ。二人で話あって、場所を決める。自分の勝手で、しかも『動物の方が好きだから』とかいう理解不能な理由だけで、彼女を連れ出したりしない。

 しかもその謝罪が……ホットコーヒーって。

 人を舐めてるの? って感じなんだけどさ。



「冬に動物園って珍しいよね。発想が、普通じゃないっていうか」



 イカれてる。



「うん! 私も変かなぁと思ってたんだけど、彼ってそういうところがあってさ。時々ね『え?』と思うことがあるの。なんというか、独特の世界を持っているっていうのかな?」


「あぁ……そうなんだ」



 だから?



「変わっているところが、良いっていうの? むずかしくて、よくわかんないけど、それがイヤだーって感じはしないの。価値観がズレているからこそ、お互いの凸凹が埋め合う気がするんだよね」


「……とっても、いい考えだと思うよ」



 会話を切ろうとしたのにまだ話足りなかったのか、最後まで言い切りやがった。この女。

 聞きたくねーって言ってんのにさ。

 聞いたのは僕なんだけど。


 あっそ、そうですか。今はその変な価値観が面白いと思える時期なんですか。まだ倦怠期になってないの? 倦怠期になれば、その変な価値観が「ウザい」と思うようになるんでしょ? そうなれば、僕が相談に乗ってやるぜ?


 早くなれよ、なぁ。


 ユニークな彼氏を「キモい変人」と罵るようになれよ、なぁ。


 いつか、そうなるんだろう?



「凸凹かぁ……」


「うん!」


「僕と君は凸凹というか、似た者同士だよね」


「そうだね!」


「似た者同士だからこそ、分かり合えることもあると思うんだ」


「うんうん」


「正反対というもの、素敵だけどね」


「ありがとー!」



 彼女は気付いていない。今は自分の話をするべきではなかった。女性の話をするときに否定はダメだ。自分の意見を言ってもダメだ。

 カカシのように頭を空っぽにして「へー、そうなんだ!」とリアクションを取るだけの、ロボットにならなければ。

 じゃないと、彼女を手に入れられない。

 自我なんて必要ない。


 凸凹か。きっと凸凹だといつかはぶつかり合うことになるんだろうな。

 そして、彼氏は「キモい変人」と罵られるようになるんだろうな。

 そうなれば終わりだ。別れるのみ。



 ……ま、まあ、どうでもいいけどね!




「動物園にいってさ」




 まだあるらしい。




「帰って、ご飯にいったの。それがね、イタリアンレストランか何かで、私そこ行ったことがなくて、しかもそこがとーっても美味しかったんだ! 彼はお店も予約してくれててさ、高いのに全部奢ってくれて……」




 で?




「嬉しかった!!」





 は? 語彙ねーのか、お前。




「そ〜なんだ。良かったね」




 おい、いつからそうなったんだ。君はさ。おかしいだろ。昔は僕と同じで「恋愛に興味はない」って感じで、人に心を開かずに、そんなのは「恋愛脳のする哀れな行為」みたいなリアクションだったじゃないか。なんでそんなに、バカになってんだ。

 恋愛ってのはそんなに人を愚かにするのか?




「帰ってさ」




 まだあんの?




「またホットコーヒーを奢ってもらった!」




 あっそ、死ね。




「彼氏さんすごく優しいねー!」


「うん、そーなのー」




 黙れ、黙れ黙れ黙れ。語んな。非処女が。どーせ、彼氏の前でゴムを咥えさせられて「……欲しいの」と言わされているんだろ?

 凸凹とか言ってたもんな。


 動物好きの彼氏は獣のように襲いかかってくんのか? 野獣のような肉体をしてんのか?


 車で襲われてんのか?


 そんなにすげぇのか。そいつは。たかが、2歳しか変わらないのに、そいつはそんなに素敵なのか? ずりぃよな、大卒でちゃんと働けているやつは。ずりぃよな、女を食えてさ。


 大体なんだ、そのアプローチはよ。連絡先を渡されて「友達になってください」だぁ? 気色悪いんだよ。何世紀前のナンパだコラ。


 友達になってくださいっていうなら、付き合うんじゃねーよ。結局は下心かよ。あれだろ? ホットコーヒーでも与えていれば、こいつはすぐに股を開くとでも思ってんだろ?

 この子は彼氏ができたことないんだぜ?

 それをわかってて、やってんのか。


 どーせ、お前みたいなやつは大学時代に色んな女を食い漁って、女をヤレる道具としか見てねーんだろ? わかるんだよ。たまたまカフェで働いていたこの子をナンパして、口説いて、身体を貪って、飽きたら捨てるんだろ? ヤることしか考えてねぇんだからよぉ。


 お前も騙されてんじゃねーぞ。


 フリーター女が。なんで、立場の違う人間にほいほいと付いて行ってるんだよ。なにちょっと甘い言葉と優しさを見せられたくらいで、気持ちを揺れ動かされているんだよ。

 そんなにそいつは素敵なやつなのか?


 お前は僕がお似合いだろ。


 恋人ができたことない、童貞・処女同士。二人とも高卒。金もない。車もないから、電車に乗るしかできないし、バイトしかしてないから高いレストランには行けないけど、動物園くらいなら連れて行ってあげるって。


 なんでさ、そいつとさ、安い動物園に行ってんだよ。

 ふざけんなよ……。


 一緒だったじゃんかよ。フリーター同士でそこそこ未来に絶望してて、でもお互いが似た者同士だから、こうやって今でも話をする仲になっている。


 なのにさ、なんでそんなに変わっちまったんだよ。




「楽しかったなぁ……」




 彼女がスマホを開く。午後19時過ぎ。彼氏は残業なのでまだ帰っていない。


 24時間営業のマックド内。テーブルの前には空っぽになったポッテトの空き箱。

 ジュースの容器からは滴が垂れ出している。




「……よかったね」





 内向的な彼女はカフェでバイトをして変わってしまった。化粧を覚えて、明るくなった。素直に自分の気持ちを話せるようになった。ハキハキと声を出すようになった。

 もう昔のようにここで、バイト先のみんなの話をすることはない。

 僕と彼女の生き方は変わってしまった。


 僕は自分に絶望していた。なにもできない不安と不満に押し潰されて、彼女と一緒に働いていたバイトを「親の手伝いで」という言い訳をして逃げた。実家に一年引きこもっていた。


 一方の彼女もバイトを辞めて、今のカフェで働き出した。

 彼女とは時々連絡をとっていた。


 半年前に久々に会った。素敵になった彼女に惚れた。でも、彼女には付き合って間もない彼氏がいた。

 そして、僕はすがるように、彼女に会い続けている。

 こうやって、惚気話を聞いている。


 心が折れそうになっても、ここにしか自分の居場所はなかった。



「あ。言い忘れていたんだけど、私さ」



「ん?」




 顔をあげる。




「就職することにした」




 顔をさげる。




「このまま地元でバイトをしてても、あんまり会えないからさ、近くで働こうと思って。彼、一人暮らしをしているんだけど『同棲しないか?』って最近言われててね。……まだ悩んでいるんだけど、やっぱり同棲するのならお金が必要かなって。だから、夏まで待ってって言ったんだ」



 僕は窓の外を眺める。マックドの外では雪が降り始めている。しんしんと雪が積もっている。

 寒くなりはじめた。二月ももう中旬だ。




「春になったらね、働こうと思う。君はどうするの?」


「僕?」


「うん」


「僕は……」



 なにも言えない。答えることができない。

 今はただ雪を眺めているだけ。雪に心を奪われているフリをしているだけ。


 話を逸らしたい。「あ、雪だ!みて」だなんてことを言って、現実からも目を逸らしたい。


 耐えられない、耐えられない。


 やめてくれ、やめてくれ。


 もう、やめてくれ。



「僕はまだ迷っているよ……。でも、いつかはちゃんと自分の足で立とうかなって。君みたいに」


「ありがと! 私も応援しているよ」



 優しくしないでほしい。もっと嫌ってくれ。




「私ずっとさ、このままの自分でいいのかなって諦めてた。だけどね、彼と出会ったお陰で、世界が変わったの! 今まで見ていた世界がね、変わっていった。世の中の全てをさ、悲観的に捉えるんじゃなくて、もっと良い部分に目を向けようと思えるようになったの。……まだ自信は持てないけどね」



「……」



 変わってくれるな。やめろ。君はそっちに行かないでくれ。やめてくれ。

 君がいないと、僕にはもうすがるものがない。

 また実家に引きこもるのは嫌なんだ。

 こうやってたまに会うことで、生きる希望を見つけていたんだからさぁ。

 君との将来を妄想することで、どうにかして心を繋げてきたんだからさぁ。


 別れたらさぁ、ちゃんと告白するから。

 僕の方から君に告白をするから。



『今まで黙ってたけど、ずっと君を好きでした』って、目を逸らさずに言うから。

 だから待っていてくれよ。

 まだ時間はあるんだよね?



 半年間ずっと耐えてきて、まだ僕は地獄を見なけりゃいけないのか。

 耐えるから。我慢するから。夏までちゃんと待つから。だから、行かないでおくれ。


 君がいないと、僕は独りぼっちだ。


 君のために人生を使うから。消費するからさぁ、だからお願いだ。幸せにならないでくれ。


 一緒にいようよ。まだまだ惨めな僕だけど、今からはきっと頑張るから。

 二人で夢をみようよ。


 僕も車を買って、ちゃんと働いて、そいつほどではないけどそれなりの給料をもらうから、その時は一緒に住もうよ。結婚だって考えるよ。

 お金はないけどね。


 こうやってマックドで駄弁っていたあの時のようにさ、これからもずっといようよ。子供の成長を眺めながら、二人で共に生きていこうよ。


 ホットコーヒーだって、奢るからさぁ。




「君には感謝してる。だから、遠くにいっても、仲良くしてね」


「も、もちろん」


「就職に躓いたら、バカにしないで励ましてよ?」


「……バカになんかしないよ」



 そんなの、彼氏にやってもらえよ。

 なんで僕なんだよ。てか、なんで彼氏がいるのに、お前はこうやって僕と会ってくれているんだよ。


 そんなに僕を心配しているのか? そんなに僕を哀れに思っているのか?

 バカにすんなよ。お前がバカにしてるんじゃねぇかよ。


 浮気者が。思わせぶりな態度を取るなよ。



「ほんとかなー?」


「……ほんとだって」


「バカにしてきそうな感じする」


「……しないから」


「どうしたの? 元気なくなったけど」


「……眠いんだよ」


「帰る?」


「まだ大丈夫」



 彼女のスマホは光らない。僕はスマホを家に置いてきた。充電切れだ。どーせ、誰からも連絡は来ていない。持ち歩いてもいない。



「ねぇ、これからもずっーとさ」



 手元にあったヴァーガーの袋をどける。




「友達でいてね?」




 右手でグシャグシャにした。




「当たり前じゃん」




 上手く笑えただろうか。




「君と出会えてよかったよ」

「……なにその別れの感じ」

「えー、ちょっと寂しくなっちゃった」

「冬だもんね」

「なにそれ?」

「雪が降っているし、冬だから。ちょっと心細くなったんでしょ。人肌寒いっていうか」

「あはは、寒いねー」



 彼女の隣の席にはマフラーと手袋が置かれている。茶色のダッフルコートがかけられている。

 カップルだとこういうのをペアルックにしているのだろうか。もう、わかんないや。

 「寒いからあっためてー笑」と笑い合いながら、抱きしめあって、同じベッドで眠りながら愛を語ったりするのだろうか。

 一つの布団で寒さを分け合いながら、幸せを感じていくのだろうか。

 ホントにもうわかんないや。


 クリスマスを経験して、次はバレンタインデーだ。チョコを渡して、二人で間接キッスして、で目と目を合わせて、顔をくっつけて「チョコの味がする……」だなんて言うのかな。

 言いそうだね。



 まあ、どうでも、本当にどうでも、心底どうでもいいけどね。






「あ、そろそろ帰るよ」



「え、あ、うん」




 スマホが光った。マックドのトレーを片付けて、二つを一つに重ねて、彼女が立ち上がる。僕は座っている。




「ねぇ、君はその彼氏さんと付き合っていて幸せなの?」




 もう充分壊れてしまいたかった。




「うんっ! とってもとっても幸せだよ! どうして?」



「……いや、気になっただけ。なんでもない。教えてくれてありがとう!」



「いえいえ!」




 内腿を捻り、拳をグッと固めて、僕は泣きそうな表情を我慢しながら、笑う。


 敬語しか使ってこなかった彼女とタメ口の関係になって、バイトが終わればすぐに帰る彼女と二人でマックドに行ける関係になって、でも、そんな関係を投げ出したのは全部僕だった。この仕打ちは自業自得だった。


 わかっている。他の人を探せばいいって、そんな単純なことくらい。半年前からずっと気付いている。


 でも、僕はそんなに器用な人間じゃない。器用に生きられない。足りていない僕だからこそ、足りていない君と仲良くなれた。

 ただ君は未来を生きていた。

 僕だけが過去に取り残されている。


 だから、きっと、まだまだ、きっと、僕はこの先も……同じなんだ。





「雪、綺麗だね」

「ああ、トレーありがと。ごめん」

「いーよ!」

「そのマフラーかわいいね」

「えへへ、彼にもよく言われるんだー」

「マフラー女子って素敵だと思う」

「冬限定だよー。写真撮っておく?」

「……遠慮しておく」

「もー、素直じゃないなぁ」





 地獄の日々は、まだ続きそうだ。





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