第四回 戦支度①

「相変わらず、お前と言う奴は物好きだの」


 山人に迫った危機と、彼らを守る為に戦う事を告げると、悌蔵がそう言った。

 屋敷の敷地内に設けられた、隠居所を兼ねた離れの一間。悌蔵は、三十路を越えた女に肩を揉ませていた。

 女は父の情婦で、この村の百姓である。二年前に夫を亡くし、二人の子どもを抱えて往生していた所を、父に見初みそめられ妾となったのだ。

 悪い女とは思わないが、美しいとも思えなかった。ししが付き過ぎていて、肌も黒い。父は何処に惚れたのか? と疑問であるが、少なくとも継室を気取る事も無く、普段は百姓家に住んでいるので、それ以上は気にならない存在だった。


「山人の危機もですが、賊が内住郡に侵入する事を私は看過出来ません」


 清記は、女に目も向けず言った。

 女が遠慮して去ろうとしたが、悌蔵は袖を掴んで押し止めた。


「今度は腰じゃ」


 と、俯せになり腰を一つ叩く。女が清記に苦笑いを見せて頭を下げると、悌蔵の腰に指を這わせた。


「清記よ。確かにそうじゃが、一文の得にもならんぞ」

「確かに報酬はありませんが、山人の信頼を得られます。これは銭では買えません」


 報酬は用意されていたが、清記は断っていた。その事は、伝えなかった。そんな事を言えば、この父から笑われるに違いない。


「信頼か。お前らしいが」

「……」

「これからの平山家は、お前のものなのだ。好きにせい」

「よろしいのですか?」

「構わん。そもそも、お前に任せると言うたぞ?」

「では、好きにいたします」


 父はこのところ、口を出す事は少ない。報告だけで済む事が殆どだ。隠居を見越しての事だろう。ここ最近は、去年に建てたばかりのこの隠居所で暮している。

 隠居所を出ると、三郎助が待っていた。中庭を横切って母屋へ戻りながら、この小太りの用人にも同じ事を伝えた。


「これは、素晴らしい事。流石は清記様だ。まさか、寄る辺なき山人の事まで考えておられるとは」

「世辞はいい。それに、これは私の誇りの問題でもある」

「それはそれは。して、私もお供して加勢をと言いたい所ですが、残念ながらそっちの方はからっきしでして」


 三郎助は恥ずかしそうに、鬢を指で掻いた。三郎助の腕など、最初から当てにしていない。そもそも、小太りの体型は戦う者のそれではないのは、一目瞭然である。


「その方面では、お前に期待はしていない。それより、得意分野で頼みたい事があるのだ」

「そう言われたら何とも悲しいのですが、何なりと」

「蔵にある武具を運び出して欲しい。事前に必要な物を書きだしている」


 清記は耳に顔を寄せて告げ、書き付けを手渡した。それを三郎助が一読し、何度か頷いた。


「代官所のものは出すなよ。平山家の蔵にあるものだ」


 その意図を察したのか、三郎助はコクリと頷いた。

 これは自分が独断で決めた、言わば私戦である。代官所の武具に手を出すわけにはいかない。


「秘密裏に運ぶのだぞ。あまり騒ぎを大きくしたくはない」

「賊相手に一合戦ひとあわせするつもりですな」


 三郎助が嬉々とした顔をしている。


「そうだ。その為の武具が必要だ。気を利かせて、重苦しい甲冑など含めるなよ」


 書き付けには、刀・槍・弓、それと籠手や膝当ての類を記してある。


「わかりました。運び出す人も、口の堅い者を選びましょう。で、何処に運べば?」

「それは、追って知らせる」


 それから清記は、厩から馬を曳いて村を出た。出てすぐの地蔵尊では、山人の若者が一人待っていた。百姓の恰好をしているが、伏が付けた連絡役である。


「武具は手配した。集落ムレに運び入れる算段をしていてくれと、伝えてくれんか?」

「わかりました」

「あと、加勢を何人か頼むつもりでいる。私が見込んだ者だから、心配するなとも伝えて欲しい」

「加勢ですか?」


 若者が表情を曇らせた。里の者を信用していないのだ。


「相手は三十。味方は多い方がいい」


 山人は頷き、駆け去って行った。

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