第三回 助っ人①
瑠璃色を塗りたくったような、見事な晴れ空だった。風は清らかで、日差しも穏やかである。代官所での務めがなければ、野山に入って釣りでもしたところだ。
奥寺邸での宴から二日後のこと。建花寺村に戻った清記は、代官所の蔵で武具の点検をしていた。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……」
と、武具の数を帳面と照合し、不備の有無を確認して陰干しをする。それを半年に一度はしているのだ。勿論、これらは下役の仕事で代官がやるべきものではない。しかし見習いに過ぎない清記は、自ら買って出たのだ。
代官所の蔵では、もしもの時の為に幾らかの武具を蓄えている。刀槍甲冑から弓矢、火縄銃の類まで。おおよそ、賊の討伐や一揆の鎮圧、他家の侵攻に備える為だが、清記が生まれてよりこれらの武具が使われた事は一度もない。
一揆の気配も無ければ、この泰平下では戦も無い。賊は現れるが、それは清記の扶桑正宗と、父の筑前兼國だけで十分だった。
甲冑を日陰に並べ終えた頃、代官所が俄かに騒がしくなった。
「大変でございます、大変でございます」
三郎助の声だ。庭へ降りて、こちらへと駆けてくる。何かあったのだろうか。大変だと言わなくても、役目と家政をきっちりと分けている三郎助が、
「なんだ、騒々しい」
息を切らした小太りの男を眺めながら、清記は訊いた。
「山人が村に押しかけて、凄い剣幕で清記様に会わせろと喚いているのですよ」
山人と聞いて、作業をしていた下役たちが顔を向けた。
「暴れているのか?」
「いえ。暴れているわけではございませんが、何やら切迫した様子。今は庄屋屋敷に留めておりますが」
「父上に報告は?」
「清記様にお任せするとの事で」
「わかった。案内しろ」
清記は一つ溜息を吐いた。また、父に試されているのか。下役たちに残りを託すと、三郎助と共に代官所を出た。
代官所兼屋敷は村の高台にあり、緩やかな坂で村と繋がっている。清記は三郎助の案内で、村の庄屋屋敷へと向かった。
「これは清記様」
出迎えた初老庄屋は、困り果てて今にも泣きそうな表情だった。切れ者ではないが、確かな手腕で建花寺村の村政を切り盛りしている。
「山人が私に会いたいと押し掛けたのだな?」
「ええ、左様でございます。今は屋敷の庭に居座っておりますが」
「村民に危害は?」
「ございません。ですが鬼の形相で、早く清記様を呼べと騒ぎ立るのです」
「そうか。すまなかっ」
清記は庄屋の肩を一つ叩くと、屋敷の門を潜った。
そこでは山人がひと固まりになって待っていた。胡坐座になっているのは伏で、屈強な男衆が伏を守るように控えている。
「お前か」
清記が嘆息して言うと、伏が清記に目を向けた。
「もう少し穏やかに訪ねて来れないのか?」
「騒がすつもりはなかったんだよ。でも、こうでもしなきゃお前に会わせてくれないって思ったのさ」
伏は座ったままで、しかも腕を組んでいる。その様子に門扉の外から様子を窺っている庄屋や村民が目を丸くしていた。
「里には里の倣いというものがあってな。それで私に何のようだ?」
「まずは人払いをしてくれ。人に聞かれたい話ではないんでね」
伏の眼は冗談を言ってはいない。清記は頷いて立ち上がると、庄屋を呼んで言う通りにするように命じた。庄屋はすぐに応じたが、怪訝な表情は隠せていない。平山家には従順ではあるが、山人というものを下に見ているのだ。彼らをよく知らない者にとっては無理もない反応だった。
庄屋の号令で全員が締め出され、門扉が堅く閉じられた。立ち上がっていた伏は、それを確認すると清記の前で手をついた。
「すまん、清記。山人に力を貸してくれ」
「どういう事だ?」
伏が頭を下げるなど珍しい。清記は土下座をする伏の目の前で跪いた。
「人別帳の外にいるあたし達がどうこう言っても、侍は動いてはくれねぇ。それは山人が自由に生きる代償だから納得はしているんだ。だが、今回はそうも言ってられないほどでね。あんたの力がないと、あたしらは死ぬ」
「それで、私に会いに来たのか」
「あたしには腕の立つ親友がいると思い出したんだよ」
清記は伏をゆっくりと立たせた。親友ならば、土下座などさせてはならない。
「先日の調練に関わる事か?」
「そうさ。詳しくはあたしの口からも言えない。
お互いの事には関わらない。それは夜須藩と山人の間で取り決められた事だった。しかし明確に禁止されているわけではないし、父には任せると言われている。
「わかった。しかし、話をきいてからだ」
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