第二回 奥寺家の者たち①

 志月の甲高い気勢とほぼ同時に、峻烈な打ち込みが襲ってきた。

 清記はそれを弾き返すと、更に迫った突きも払って防いだ。

 清記も前に出る。小手を狙った。しかし、そこに志月の姿は無く、見事に空を切った。その刹那。志月の竹刀が、大上段から打ち下ろされた。


(見事だ)


 清記は、志月の攻めは称賛に値するものだと思いながらも、その一撃を余裕を持って鼻先で躱した。


「やりますな」


 間合いを取ると、清記はにやりと笑った。志月も軽く微笑む。


「清記様も」


 城前町にある奥寺邸の道場である。五名の家人が息を呑んで見守る中、清記は若衆髷の志月と対峙していたのだ。

 二人が竹刀を引くと、見ていた五人が拍手が沸いた。すると、志月は切れ長の険しい視線を五人に向け、


「これは見世物ではない。おぬし達も、これぐらい出来るようにならねなりませぬ」


 と、叱った。

 志月の前で竦み上がった五人は、奥寺家が新たに雇い入れた家人だった。

 鹿毛馬村の一件で、幾人かの家人を失ってしまった。その補充であるが、大和は剣の腕ではなく人柄で選んだので、家人となった者の多くが素人に近い腕前だった。


「お前達二人で、真剣が振れるぐらいにしてくれ」


 清記と志月は、大和にそう命じられたのだ。家人の新規召し抱えの話を聞いた時に、そんな事もあるのでは? とは思ったが、志月と共にする事になるとは思ってもみなかった。

 聞けば、最近志月は小関道場に殆ど通っていないらしい。西辻源馬の一件で多くの叛徒を出した小関道場は、道場主の小関弥蔵が責任を感じて自刃すると、高弟の橋尾長内が小関姓を名乗って道場を継ぎ、新たな一歩を踏み出していた。

 言わば、これからという時だ。そんな時に、何故道場へ通おうとしないのか。

 新たな場に自分の居場所は無いと感じたのか、或いは道場内でいざこざがあったのか。聞いてみようと思いつつも、中々その機会が無かった。

 稽古が終わると、清記は道場に残って志月と稽古の進め方について話し合う事にした。清記がいない間は、志月が家人に稽古をつける予定なのだ。

 誰もいなくなった道場で、清記は志月と向かい合って座った。こうして二人して話すのも、思えば初めてだという気がする。

 志月が、短い言葉で色々と訊いてくる。中には鋭い質問もあり、曖昧な表現には遠慮なく明確な返答を求めてくる。しかも、鋭い狐目を吊り上げて。

 清記は、苦笑するしかなかった。まるで、真剣で斬り込まれているような感覚なのだ。しかし、それだけでない事は、清記は知っている。鹿毛馬で見せた、安堵の表情と笑み。痺れるほど、可憐だった。その顔が見たかったのだと、その時は思ったものだ。


「まずは体力をつける事でございますね」

「ええ。簡単にへばっては話になりません。素振りも大切ですが、遠足とおあしも有効です」

「わかりました。考えてみます」

「しかし、よいのですか? 志月殿はご自身の稽古もおありでしょう」


 清記はここぞとばかりに訊くと、志月は首をゆっくり横にした。


「もう、わたくしは小関道場の門人ではございませぬ」

「それはどうして?」


 清記の問いに対し、志月は下を向き意を決した風に顔を上げた。


「あの道場に、奥寺の者の居場所は無いのですよ」

「居場所が無いとは。小関道場は、奥寺家とも縁も深いはず」

「おそらく、鹿毛馬での事でしょう。松井直四郎を見逃すべきだったと、皆が思っているのかもしれません」

「それは」

「平山様が気に病む必要はございません。あの場では、斬るより他に術は無かったのです。それに女のわたくしが目障りでもあったでしょうし、その気配は感じておりました。これがよい切っ掛けになったのです」


 清記にそれ以上、掛ける言葉が見付からなかった。女の苦労はわからないし、何か言ったところで安っぽい同情にしかならない。そして何より、松井を斬ってしまったのは自分なのだ。


「平山」


 話も終わろうとしてきた頃、大和が道場に顔を出した。

 今日は稽古に参加をせず、居室に籠って絵画に没頭していた。今は竹林図を手掛けているようで、これは菩提寺に納めるものらしい。奥寺竹円としての活動も忙しいようだ。


「これは奥寺様」

「ちょっと来てくれ」

「はぁ……」


 清記は咄嗟に志月に目をやると、その志月は行けと言わんばかりに目を伏せた。

 道場を出ると、大和が悪戯をした少年のような笑みを見せていた。


「すまんな、ちょっと付き合ってくれないか」


 そう言った大和の手には、釣り竿が握られていた。


「釣りでございますか」

「お前も太公望の一人だと聞いてね」


 清記は驚いた。釣りが好きな事は、話していないはずだった。誰に聞いたのか。そう考えて浮かぶ顔は、父の顔しかない。

 釣りは清記の唯一の娯楽だが、釣りを教えてくれた父以外の誰かと竿を並べた事は無い。釣りは一人でするものと、清記は決めていたのだ。


「悌蔵殿に聞いたんだよ。付き合ってくれないか」

「今からでしょうか?」


 陽は中天に差し掛かろうとしている。


「道具ならお前の分もある」


 そこまで言われると、清記は頷くしかなかった。この男は、押しが強いのだ。

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