第5話 サンタクロースはいます

 家族を養うというのは思っているよりも、ずっと大変だった。


 四年も寝たきりだったせいで、もともと勤めていたバイト先をクビになってしまった。

 なんとか稼ぎ口を見つけなければならないと、手っ取り早く雇ってもらえるバイトを探したのだが、どれも給料が安い。しかし、贅沢を言っている余裕はなかった。美涼みすずの稼ぎを足しても、家族三人で暮らすのはかなり苦しかった。


 毎日のようにバイトをこなしながら、正社員採用に応募し続けたが、採用に至ることなく一年余りが過ぎてしまった。


 もうすぐ、またクリスマスがやってくる。


 その年一番の冷え込みに襲われたある日、登録しているリクルートサイトを通じて一通の企業オファーが届いた。

 内容はいたってシンプルで、俺の経歴を見て是非とも会ってみたいというものだ。平たく言えば面接のお誘いだった。

 俺の経歴など、ほとんどが空白だ。そんな経歴を見て会ってみたいというオファーに、少なからず違和感を覚えたし、警戒もしたのだが、藁にもすがる思いで誘いを受けることにした。


 美涼みすずと四歳になったりょうに見送られてやってきた面接会場は、高層ビルの最上階の一室だった。俺以外に人の気配はない。

『こちらでお待ちください』という立札の脇にあるパイプ椅子に座ってしばらく待っていると、「加賀美涼介かがみりょうすけさん、どうぞ」という声がかかった。

 どこかで見たことのあるソリと鈴のエンブレムが掲げられた扉を開き、室内に入ると正面に面接官が座っている。


「加賀美涼介さん、ですね?」


「はい。よろしくお願いします」


 そう言って頭を下げると、座るように促された。


「失礼します」と断って腰掛けると、面接官は「早速ですが……」と切り出した。


「弊社の事業内容はご存知ですか?」


「はい。資料を拝見しております」


 オファーとともに送られてきた資料には、玩具の製造と販売を主な事業にしていると書いてあった。


「ありがとうございます。では、サンタクロースを信じますか?」


 およそ採用面接で訊かれるとは思えない質問にすぐには口を開くことができず、答えに窮する。

 サンタクロースをというのは、どういう意味だろう。

 信じようが信じまいが、俺はサンタクロースが大嫌いだ。俺の元には一度もやって来なかったし、涼のところにも来ないくそ爺。


「すみません。質問の意図がちょっと……」


 俺がそう答えると面接官は柔らかく笑って、


「失礼。言葉足らずでした。こう訊いたらいかかですか? あなたはサンタクロースの存在を信じますか?」


 存在を信じるか──。


 考えたこともなかった。

 

 幼いころ、友達にサンタクロースからのプレゼントを自慢されたことが何度もある。俺のところにサンタクロースが来ないことを知ると、自慢してくるやつはいなくなったが、それまでに結構な数の自慢話を聞かされた。目を輝かせていた彼らが嘘を吐いているとは思えない。


 何度も言うが、俺はサンタクロースが大嫌いだ。だが、改めて問われると俺はその存在を信じているように思う。

 嫌いではあるが、会ったこともないサンタクロースの存在を疑ったことはない。


「信じています」


 大嫌いなやつの肩を持っているような気がして不快だったが、きっぱり答えてやることが俺なりの抵抗だった。面接官は、何かを探るように俺の目をじっと見て、


「結構。合格です」


と短く告げた。


「……えっ? えぇっと──?」


「私たちは、あなたのように本気でサンタクロースを信じている人材を探していました。私たちの元で、共に働いてください」


 採用ということらしい。

 俺は訳が分からず、呆然と座っていることしかできなかった。

 手ごたえがまったくない。何しろ俺は「サンタクロースを信じる」と伝えただけだ。


「実を言いますと、世間で言われているようなサンタクロースというものは、厳密に言えばいないのです。ですが、サンタクロースはいます」


 言っている意味が分からずに黙っていると、面談官は俺に構うことなく話を続けた。


「世の親御さん全てが、サンタクロースなのです。みなさん子供たちのために毎年、工夫と志向を凝らして思い思いのサンタクロースになってらっしゃる。私どもはそのお手伝いをしたいのです」


 親が、サンタクロースになっている──?


 思ってもみない言葉だった。

 では、俺に自慢してきた友達にプレゼントを持ってきたというサンタクロースは、彼らの親だったということか。俺や美涼のもとに現れなかったのは、親がいないからということになる。

 辻褄は合う。


 では、涼は──。


 俺は『サンタクロースになれる魔法』というスノーナイトの言葉を思い出していた。

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