第4話 子供を選り好みしているらしい

 退院して戻ったマンションでは、美涼みすずのほかにりょうという三歳の男の子が待っていた。目を覚ました翌日に美涼が逢わせたいと言って病室に連れてきた幼児だ。


 俺のことを「パパ」と呼ぶその子を、美涼は俺との間の子だと紹介した。俺が事故にあったときにはすでに身ごもっていたという。事故の当時は、美涼自身も知らなかったらしい。

 美涼の言葉を疑うつもりはない。しかし、涼が俺の子供である実感が湧かなかった。


 それでも一応、家族として過ごしていく中で分かったことがある。見た目から性格まで、涼は俺とそっくりだった。

 目つきが悪い割に大きな目や、口角を上げるとできる小さな笑窪。それにひどい人見知り。

 疑いようはないように思えた。


 人見知りなのに、涼は俺によく懐いた。涼は突然家にやってきた俺のことを、なんのためらいもなく「パパ」と呼ぶ。

 生まれた直後から頻繁に俺の見舞いにやって来ては、「パパだよ」と何度も顔を見せていた成果だと美涼は嬉しそうに笑った。


 俺が病室で寝ている間も二人して毎日のように呼びかけてくれていたらしい。


「パパ。りょうちゃんのところにはね、サンタさんはこないんだよ」


 クリスマス・イブが目前に迫ったある日、涼は突然辿々しく俺にそう告げた。悲しそうでもなく残念そうでもない。ただ、空は青いとか、雪は白いといった当たり前の事実を告げるような声音だった。

 俺はどう答えていいか分からずに「あぁ。そうなんだ」とやや冷たくあしらってしまった。その返答に、涼は寂しそうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。


 美涼に確認すると、「当たり前だけどね」と言って、涼は生まれてから一度もサンタクロースにプレゼントを貰ったことがないと教えてくれた。


 サンタクロースは、俺の息子のところにも来ないのか──。


 その事実に怒りがふつふつと湧き上がる。


 サンタクロースは、俺の家族の元にも訪れない。同じ孤児院で育った美涼のところにも、当然来たことはない。俺や美涼だけなら我慢できたが、息子のこととなると自分のこと以上に激しい感情がこみ上げる。


「涼。サンタクロースが来なくて悲しいか?」


 俺が尋ねると、涼はふるふると首を振った。下を向いた顔が曇っているのが分かる。

 悲しくないわけがない。かつての俺がそうであったように、涼だってサンタクロースに期待しているはずだ。それなのに、あの髭もじゃの爺ときたらプレゼントを配る子供を選り好みしているらしい。

 俺が子供の頃と何一つ変わっていない。


「サンタクロースに来て欲しいって思わないのか?」


 涼はハッとしたように顔をあげる。


「きて……ほしい……」


 力なく言った声は、諦めを含んでいた。

 俺にはその気持ちがよく分かる。だから、無責任に「来るよ」とは言えなかった。どちらかと言えば来ないだろうと思っていた。けれど、それをそのまま伝えるわけにもいかず、無言でただ頭を撫でることしかできなかった。


 不思議な感覚だった。


 思えば涼は、俺が目にする初めての血の繋がった家族だった。初めてそのことに気が付くと最初こそ戸惑ったが、あっという間に美涼と並んで愛おしくて仕方がない存在になった。


 実感がなかった涼への感情が、急に色と形と温度を持ったものへと変わる。美涼に抱く感情とはまた少し違う。これが誰かを慈しむという感情なのかと、今度は初めての感情に戸惑った。

 優しく柔らかで、どこかで確実に誰かから向けられたことのある感情なのに、それを俺に向けてくれていた誰かが思い出せない。


 頭を撫でられた涼は、嬉しそうにはにかんで「パパだいすき」と言った。


 サンタクロースの爺さん。この子のために、今年のクリスマスこそは俺が暮らす家にもやってきてはくれないだろうか。

 大層なプレゼントは望まない。なんだっていい。この子のために、あんたが来たというあかしを残してくれるだけでもいい。


 サンタクロースは、クリスマスツリーをめがけてやってくると聞いたことがある。

 さらに調べてみると、そこに欲しいものを書いた紙を七夕の短冊のように吊るしておき、プレゼントを入れるための靴下を用意すると、プレゼントが入っているということらしい。

 そんなこと知らなかった。誰も教えてくれなかったし、調べることもできなかった。


 どうか、お願いだから今年こそは──。


 そう願ってクリスマス・イブの夜、調べたとおりに準備して、美涼と涼と三人でベッドに入った。


 しかし、結局サンタクロースが俺の家にやってくることはなかった。

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