第3話 あわてんぼうのサンタクロース

 眼を覚ますと、雪のように真っ白な天井が見えた。小さくクリスマスソングが聞こえる。

 スノーナイトの姿はもうない。代わりに美涼みすずがいた。小さなクリスマスツリーの側で、美涼は大粒の涙をこぼしていた。


「りょうちゃん!? ちょっと、先生呼んで来る!!」


 美涼は、勢いよく部屋を飛び出していった。

 思いもしない美涼の反応に戸惑ったが、すぐに状況を察する。少年を助けて事故にあった俺は、どうやら大怪我をして入院しているようだ。そこそこ重傷で、これでもかというほど美涼を心配させたに違いない。


 誰もいなくなった部屋──おそらくは病室──に流れる『あわてんぼうのサンタクロース』が耳につく。

 たしか、クリスマス前にやってきてしまったドジなサンタクロースを面白おかしく茶化した歌だ。この歌のせいで、俺の地域を担当するサンタクロースはあわてんぼうだから、きっとたまたま俺のことを忘れてしまったのだろうと子供ながらに思ったものだ。

 それも数年続くと違うと分かった。


 美涼が出ていった方に目を向けると、サイドテーブルに置かれたロケットペンダントが目に止まった。

 俺が唯一、母親からもらったもの……らしい。らしいというのは、俺にはもらった記憶がないからだ。というより、両親の記憶自体がない。あとになって、孤児院の院長から乳飲み子の俺はそれを握った状態で保護されたと聞かされた。


 バタバタと騒々しい足音が近づいてくる。足音が部屋の前で止まるとすぐに扉が開いた。

 白衣を着た男がゆっくりと俺に近づいてきて腕をとった。そして、ペンライトで俺の顔を照らす。男は、その後二、三、簡単な質問をすると「これは驚いた」と呟いた。


「先生。主人は、もう大丈夫なんですか?」


「えぇ。驚くべきことですが、ご主人は完全に意識を取り戻しておられるようです」


 それを聞いた美涼は、両手で顔を覆って泣き崩れた。そばにいた看護師が優しく介抱する。

 医者も看護師も一様に驚きを隠せないといった表情で俺のことをまじまじと見ていた。

 俺自身は少し眠っていただけという感覚だ。反応の温度差に戸惑う。


 ひとしきり泣いたあと、美涼は、立ち上がって俺のそばに寄った。医者と看護師は、美涼の好きなようにさせてやろうと道を開ける。


「もう!! 心配させて!! バカ!!」


 感動の再会の割には酷く辛辣だ。しかし、それが反って美涼の心配の大きさを表していた。俺と同じ孤児院で育った美涼にとって、俺は唯一の身内だ。


「もう一人の体じゃないんだからって言ったじゃない!! でも、子供をかばってだなんて……責められないよ……。本当にバカなんだから」


  やはり俺はあの時、あの少年を突き飛ばしてトラックに轢かれたのだろう。そう思うと、全身を打つあの感触がわずかに甦る。我ながらよく死ななかったと感心するほど、激しい衝撃だった。


 ふと、スノーナイトのことを思い出した。


 トラックに轢かれたのは、現実に起こったことで間違いなさそうだ。それでは、スノーナイトはどうだろう。

 思えば、あれほどの事故にあったというのに体は痛くないし、見る限り目立った傷もない。そう考えるとスノーナイトの言った転生の結果である気がしなくもない。ここは異世界ではないようだが、一度失った命をスノーナイトの力で永らえたのかもしれない。


 それならば、『サンタクロースになれる』魔法というのはどうなのだろう。


「サンタクロースになれる──」


「えっ? りょうちゃん?」


「いや、なんでもない。それより、心配かけちゃってごめんな」


 美涼は一瞬怪訝な顔をしつつ、頬を膨らませて怒ったそぶりを見せた。そして、すぐに笑顔になって「でも、目覚めてくれてよかった」と医者や看護師が制止するのも構わず抱き着いてきた。

 医者と看護師は気を使ったのか、それとも諦めたのか「なにかあれば呼んでください」とだけ言って、静かに部屋から出て行った。


「ところで美涼。クリスマスソングはいつまで流れてるんだ? もうクリスマスも終わって正月になる時期だろ?」


「何言ってるの!! りょうちゃんは四年も寝たきりだったんだよ!!」


 俺は自分が寝ていた期間を何の根拠もなく、せいぜい一週間くらいだろうと見積もっていた。それが、美涼によれば、あの少年を救った日から四年が経っているという。


「もうすぐクリスマスだよ」


 詳しい日時を訊けば、今日はあの日から四年後の十二月十四日らしい。信じられなかったが、スマートホンやテレビに映った日時を見て納得した。


「それからね。りょうちゃんに是非逢わせたい人がいるの」


 意味深に肩をすくめる美涼は、少し恥ずかしそうだった。

 その人物に全く心当たりはない。美涼は俺と同じ天涯孤独の身だ。身内だとは思えない。もしかしたら、俺が寝ている間に他に男を作っていて、今ではそっちとよろしくやっているなんて見当はずれな不安も一瞬だけよぎった。


「明日、連れてくるね」という言葉どおり、翌日美涼が連れてきたのは、三歳の幼児だった。

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