第2話 りょうちゃんは死んじゃいました
「…………あれ?」
急に静かになったのを不振に思って、目を開けると目の前には真っ赤なワンピースを着た若い女が立っていた。首元や袖が白くふわふわになったワンピース。服だけ見れば、その恰好は、まるでサンタクロースだ。
胸元には、ソリと鈴があしらわれたエンブレムがぶら下がっている。見たことのないエンブレムだ。
「えっと……君は……?」
「…………私? 私は、スノーナイト。ナイトは騎士じゃなくて、夜のほう。Kがないほうね」
女はじっと俺の顔を見つめてから、取り繕うように早口で答えた。
「……スノー……ナイト?」
「ほら、今日って雪が降ってたでしょ? 雪が降る日に私みたいな美少女がいたら、それはもう白雪姫じゃない? だからスノーナイト」
「じゃない?」と言われても全くピンとこない。美少女というところも引っかかった。たしかに若いが少女と呼ぶには少し大人びている。
「白雪姫はスノーホワイトじゃなかったか?」
「あれ? そうだっけ? 細かいことはどうでもいいのよ。ついでに言えば、私の名前もどうでもいいの」
スノーナイトは、間違えたことがよっぽど恥ずかしかったのか、勝手に名乗ったくせに「どうでもいい」の一言で自己紹介を切り上げた。
「君はいったい何者なんだ? それにここは……?」
「私は、サンタクロース派遣協会の職員だよ」
「……サンタクロース……派遣協会……?」
「そっ。……残念ながら、りょうちゃんは死んじゃいました。だから、ここは死後の世界。でも、転生できるよ」
何も答えない俺を見て、スノーナイトは満足そうに頷いた。
「うんうん。いい反応だね。転生させてあげるって言ったときの反応がたまらないなぁ~」
転生ということは、俺は本当に死んだのだろう。自覚はある。それよりも、
「……サンタクロース派遣協会っていうのは、なんなんだ?」
「そっち!? 普通は死んじゃったって方に食いつかない?」
「まぁ、それはなんとなく自覚があるから……」
「そんなもん? 誰に似ちゃったかなぁ……。まぁいいか。サンタクロース派遣協会っていうのは簡単に言うと、サンタクロースを派遣する協会です」
ずっこけそうになる俺を尻目にスノーナイトは、テヘッと緊張感なく笑うと、人差し指を立ててグイッと一歩俺に近づいた。
「まぁ、細かいことはいいって言ったでしょ? どう? 転生だよ? 嬉しい?」
「どうだろう……。別に転生なんてしなくてもいいかなぁと思わなくもない」
正直にそう答えるとスノーナイトは意外そうに首を傾げた。
「どうして? もう一回新しい人生をやり直せるんだよ? 嬉しくない?」
「う~ん……。転生ってうまくいってない奴が、お前みたいな人から——、」
「スノーナイト!!」
即座に訂正される。こんなどうでもいいところで抵抗しても仕方がないので素直に従うことにする。
「スノーナイト……みたいな人からすごい魔法をもらって異世界に行って、無双するとかそんな感じだろ? あんまり興味ないかなぁ……」
「……ノリ悪いなぁ。諦観って言うの? そういうのモテないと思うよ」
死んでいるのにノリもモテるもないと思うが黙っておく。
「でも、りょうちゃんには、奥さん――美涼ちゃん、とそれから子供がいるでしょ?」
「……いや、美涼はそうだけど、俺に子供はいないぞ」
「いやいや。いるよ。間違いない。だって、私はサンタクロース派遣協会の職員だもん」
スノーナイトは、俺の返答も待たずにゴホンと咳ばらいをすると、改めてわざとらしく敬語で説明を始めた。
「実はりょうちゃんに選択肢はありません。私が選んだ以上、転生は必ず行われるのです」
「なら、なんでどうする? なんて聞いたんだよ」
「なにごとも意思の確認は大事なのです。反応が見たかったしね」
スノーナイトは、一瞬本音を覗かせると慌てて取り繕ったように話を続けた。
「転生に当たっては、りょうちゃんが言うように私が魔法を授けます」
やっぱりか。どうせ最強の魔法とかそんなやつだろう。
「その魔法とはズバリ——、サンタクロースになれる魔法です!!」
ほら、最強の——、
「へっ……?」
変な声が漏れる。
「……サンタクロースが、なんだって?」
「だ・か・ら、サンタクロースになれる魔法。りょうちゃんは転生して、サンタクロースになるのです」
サンタクロースになれる魔法? サンタクロースに、──なる?
転生といえば、異世界に行って無双するとか、ハーレムを作るとかそういうことじゃないのか?
もしかしたら、俺が知らないだけで、サンタクロースは最強の賢者なのかもしれない。そう考えると納得できることもある。
俺が知る限り、十二月以外は暇そうだ。普通に考えれば、本業が他にあるのだろう。描かれる姿が必ず爺さんであることも賢者であると推察させる。
──だとしても、サンタクロースは嫌だ。
あんな薄情な爺さん大嫌いだ。来てほしいと願ったのに一度も来てくれなかったサンタクロースなんて大嫌いだ。
そのサンタクロースに俺がなるだなんて、冗談じゃない。
「はい、じゃあ準備はいいね?」
混乱する俺を無視してスノーナイトは、勝手に転生の準備を進める。
「ちょっと待て!! 拒否権はないのか? だいたい、サンタクロースになれる魔法って役に立つのか?」
「拒否権はありません! ──それじゃ、いくよ」
スノーナイトは、問答無用に手を天にかざすと、勢いよく振り下ろした。その瞬間、視界が白くまばゆい光に包まれる。
「それに──、最強の魔法だと私は思うよ」
スノーナイトは、最後に妙に真面目な顔でぼそりと言った。
意識があるのかないのか分からない時間が続くと次第に眠くなって、気がつくと俺は完全に意識を失っていた。
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