番外編:秘密の恋慕
side莉冬
2月14日。
世間はバレンタインでにぎわっている。
そんな中僕は家でオーブンを前に四苦八苦していた。
一夏さんに恋心を抱いていると気が付いてから早10か月。
変わらず一夏さんには仲良くしてもらっている、と思う。
偶然職場以外でも会ったりすることもあったけど、特に大きな変化もなく、ただただ自分の中にある気持ちを募らせていた。
男が男の人にバレンタインにお菓子をあげるのは、許されるのだろうか。
そう思ってはいたけれど、日ごろお世話になっている一夏さんに感謝の気持ちとして渡すんだったらいいと、自分に都合よく言い訳をして、やったこともないお菓子作りに挑戦しているのだが…
『うまく、膨らまない…。』
挑戦するのがマドレーヌなのがいけないのだろうか?
出来上がるのはどこかいびつな物ばかり。
これ以上作ると食べきれなくなってしまう、失敗しても、成功しても次を最後にしよう。
そう思って本日4度目のマドレーヌ作りへと取り組み始めた。
『…できた。』
4度目の生地が焼き上がり、その中で唯一2つ綺麗に形が整ったものを見て、思わずホッとため息がこぼれる。
味は失敗したものを食べた時に問題ないことを確認している。
粗熱が取れるのを待って、不格好ながらに、ラッピングをして日の沈みかけた外へと足を踏み出した。
カランコロン。
聞き慣れたベルの音。
「いらっしゃいませ~。あ、莉冬くん。この時間は珍しいね~。」
何度聞いても心地よい、一夏さんの声。
『一夏さん。こんばんは。』
それだけ告げて、人でにぎわう店内の焼き菓子コーナーへと足を運んだ。
チラリとレジで会計をしている一夏さんを見れば、お客さんの綺麗な人から綺麗にラッピングされた箱をもらっていた。
「もらっていいんですか~?ありがとうございます~。」
ニコニコと笑顔で受け取る一夏さんは慣れた様子だった。
-僕が作ったマドレーヌなんて、迷惑なんじゃないかな。
ふと、そんな考えが頭をよぎる。
手に持っている袋に自分でも気が付かないうちにぎゅっと力が入る。
でも、それでも、僕は慣れないことをしてでも渡したかったんだ。
そう、思いなおせば、クッキーを手に取って、レジへと向かった。
『あの、これお願いします。』
「は~い。今日はケーキは買っていく?」
いつも通り受け取って、レジ打ちを始める一夏さんの質問に言葉が詰まる。
いつもなら買っていきたいところだけど、家には失敗したマドレーヌがたくさんある。
『あ…今日は、その、家にお菓子が沢山あるので、また今度買います。』
「そっか~。大学の女の子にでももらったの~?」
一夏さんに、そう勘違いされるのは、なんだか嫌で。
『いえ、そうじゃなくて…』
「そうじゃなくて?」
渡すなら今がいいんじゃないんだろうか?僕は勇気を出して言葉をつづけた。
『…。あの!これ、受け取って、ほしくて…』
思ったより大きな声が出て、恥ずかしくなる。少しずつ言葉がすぼんでいく。
おずおずと紙袋を差し出せば、一夏さんは目をぱちぱちさせる。
「…これ、もしかして、莉冬くん作ったの~?」
『えっと、…はい。食べられる味にはなってると思います。お店のより、全然おいしくは、無いと思うんですけど…。』
「もしかして、何回も練習して家マドレーヌだらけだったりして~?」
『!!え、なんで、分かったんですか…。』
「莉冬くんいつもよりなんだかお菓子の香がするから、頑張ってたのかな~って。」
何回も作ったのがすぐに見抜かれて、恥ずかしくなる。
言葉がこれ以上出ずに、内心慌てていれば、一夏さんは差し出した袋を優しく受け取って笑う。
「ありがと~。家に帰って、大事に食べるよ~。」
『!はいっ。ありがとう、ございます。』
「あはは~。なんで莉冬くんがお礼をいうの~。」
『僕、一夏さんに受け取ってもらえて、嬉しいです。だから、ありがとうございます。』
「ほんと、莉冬くんってかわいいね~。じゃあ、どういたしまして~。はい、どうぞ~。」
会計の終わったクッキーを差し出しながらそう、ニコニコ笑う一夏さん。
渡せたことにまずはホッとして、どうか、おいしいと思ってもらえますように。
そう思いながら、僕はお店を後にした。
どうか、この先もっと仲良くなれますように。
そんな思いを込めて、その気持ちが届きますように。
一夏さん。好きです。この気持ちは未だ自分の内に秘めたまま、すっかり日の落ちた冬空の道は寒いはずなのに、今は寒さも感じないくらいだった。
side一夏
莉冬くんが帰ったドアをしばし見つめる。
とあるときに気が付いたこの気持ちにふたをしたまま、日々過ごしている中で、まさか莉冬くんから、バレンタインの、しかも手作りのお菓子をもらえるとは思っていなかった。
マドレーヌの意味は「もっと仲良しになりたい」「円満な関係」。
以前意味を調べたことがあるから知っていた。
『莉冬くんらしいな~。』
ぽつりとひとりごとをこぼす。
控えめな彼らしいお菓子だと思う。そう思ってくれていることがただただ愛しいと、そう思う。
今までだって今日だって沢山のチョコレートやプレゼントをもらってきた。
でも、その中のどのプレゼントよりも、莉冬くんの純粋な気持ちの籠ったプレゼントは俺の心にストンと落ちてくるように感じた。
仕事を終えて、帰宅し、紅茶にいつもより少しだけ控えめに砂糖とミルクを入れる。
初心者なのがよくわかるラッピングを丁寧にほどいて、マドレーヌを口に運ぶ。
『…甘くて、優しい味、だな~。』
何度も練習したのであろうマドレーヌは、とても甘くて、とても優しい、莉冬くんの人柄を表しているような、そんな味がした。
ふと、袋の底、まるで隠されているかのように同じ色の封筒が入っているのが目に入る。
手に取って中を開けば、思わず笑みがこぼれる。
【いつも、お世話になっています。
これからも、仲良くしてください。
いつか、一夏さんのお菓子も食べてみたいです。
なんて、贅沢なお願いなので、忘れてください。 莉冬。】
控えめなその文章に書かれたかわいいわがまま。
伝えられない思いは蓄積されていく。
それでも、愛しい人のかわいいわがままを叶えてあげられるといいな。
次に会ったときには、莉冬くんが真っ赤になる位褒めてあげられたらいいな。
そんな風に思って、暖かな夜は過ぎていった。
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バレンタインだったので、ちょっと今より先の小話でした。(2600文字)
冬霞の軌跡 リーラ @riyra
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