第4話 

「青波くん……最近、全然連絡もしてくれなくなって……急にどうしたの?」

 それは、クラスで二番目に美少年の薫だった。

 おかっぱ頭を綺麗に肩まで伸ばし、男子からも女子からも人気が高い。

 その前には金色の髪をなびかせている青波と、はらはらと見守っている僕がいる。

 授業の終わりに、「青波くん、少し待ってよ」と薫が呼び止め、青波は何故か僕に


「ついてきてくれ」と言ったのが事の始まりだ。

 廊下ではざわざわとみんなが見守りながらざわめいている。

 とにかく、青波は学園の王子で、みんな青波が何をしでかすか、何を言うかを見ているのだ。

「僕たち、付き合ってるはずでしょ……? 僕、一週間前に思い切って告白したら『いいよ』って言ってくれて、ほんとに嬉しかったんだよ?」

 薫は瞳を潤ませている。

 

 ゲイやバイじゃない僕から見ても、薫は可愛い。

 いや、そーとーに可愛い。

 ゲイの青波にとっても可愛いはずなのだが、

「うん、一週前はね。今は俺の方はもうナシだわ」

「そ、そんな! 酷いよっ」

 青波ってほんとにサイテーな男だな、と僕も思う。

「ワリと可愛いから付き合ったけど、なんか思ったよりつまらなくてさ。ワリイね」

「おい、青波! もうちょっと言い方があるだろ……」

 僕はそう言う。

 とにかくデリカシーがないのだ。

 本当は優しい所もあるんだけれど、僕が青波と出会った第一印象は本当に最悪だった。

 冷たい、というよりも「人間を信用していない」という感じだった。

 今の穏やかになった青波と遊ぶのは楽しいけれど、彼の根本の冷酷さはほとんど変わりがない。

「や、やっぱり恋花さんと付き合ってたの? そうなんでしょう!?」

 薫はそう言う。

 そう、僕もしょっちゅうそう思うんだ。

 どう考えても、青波と恋花が一番のお似合いだよ。

 僕なんか、その二人の付き人くらいにしか思われてないだろう。

 青波はにんまりと笑って、僕の肩を抱き寄せる。

「いや、俺はね。今、コイツに夢中なの。コイツはあんまり振り向いてくれないけどさ」

 薫君は目に涙をいっぱい貯めて、

「バカっ。そんな冗談ばっかりではぐらかさいで、青波くん!」

 と何故か僕の頬を思い切りひっぱたいてきた。

「な、なんで僕が・・・」

 僕は頭をふらつかせながら言った。

「だって、青波くんの綺麗な顔、叩けないよっ。さよならっ」

 兎のように駆け出していった。

 僕は頬を抑えながら、青波を見る。

「もうっ、サイテーだね」

「そう? 飽きたからしょうがないじゃん」

「そーいうことじゃないよ。僕をダシにするのが、ってこと」

「……」

「僕に気なんかないくせにさ……そーいうとこがあるから、信用ならないんだよね。僕のこと、ベタベタ触ってくるのもからかってるんでしょ?」

 僕はにんまりと笑いながら、青波の白い頬をつつく。

 たまには僕が青波をやり込めてもいいよね。

 けれど、青波はむっとした様子で僕を見つめている。

 夕焼けが彼を染めている。

「青波……?」

 どうしたんだ?

 なんだか、滅多にない表情を浮かべているけれど。

「ねえ、青波……」

「あー、はいはい。そーですか」

 ぷいっと背を向けて歩いていく。

「やっぱ、お前にとってゲイの俺ってヘンなんだな? 俺は男だったらなんでもいいって思ってるんだな? よーく分かったよ。所詮、ヨソから来た“普通組”だもんな」

「な、なんだよそれ! そんなの言ってないだろ!?」

 青波は歩いていく。

 一歩一歩床を踏みしめている。

「なんだよ……じゃあ、なんで薫君と付き合ってたんだよ!?」

 ここで、僕はようやく自分が薫に少しばかり嫉妬していたということに気づいた。

 色々とからかってくる青波だけど、実は本当に僕に気があるんだと思っていたから。

 青波はとにかく、告白してくる子は誰でもOKの返事を出す。

 隣の組の子なんか、告白してから一時間後にフラれたって話もある程だ。

「んなん、俺はフリーなんだから、誰と付き合おうが自由だろ?」

 青波は振り返ってきょとんとしている。

「~! だったら、なんでいっつも僕に構ってくるんだよ!? ベタベタ触ってきてさ」

 そう、僕はゲイでもバイでもないけど、毎日こんな美形の男の子に触られれば、なんとなくムズムズするよ。

「だから、抱き心地がいいんだって」

「ボクは抱き枕かよ。全く……」

 青波はにんまりと笑い、

「あれ? あれれれれ?」

 顔を覗き込んでくる。

「ひょっとして、薫と付き合ってたの……妬いてた?」

 にやにやと笑いながら顔を近づけてくる。

「ば、ばかっ。勘違いするなよな」

「ほんとかなあ」

 ウリウリと僕の頬を指でつついてくる。

 何故か真っ赤になってしまう。

 いや、これはこんな衆人がいる中で、ほっぺたを突かれてることが恥ずかしいんだ。

 それ以外の感情はない。

「もうっ、いい加減にしろよな! 青波なんかに気はないんだ!」

 僕はそう言って、背中を向けて駆け出していく。

 あいつはいつもそうなんだ。

 結局、僕をからかって楽しんでるだけだ。

 会った時から何にも変わらない。

 青波は色んな男の子や女の子に取り囲まれて、

「ねえ、可哀そうよ薫くんが」

「けど……次は私じゃ駄目かなあ」

と声をかけられているようだ。

 そう、あいつはいつでも誰とでも付き合えるんだ。

 “普通枠”の僕とは違う。

 あいつは、スーパーインフルの新薬開発にもう関わっていて、来年にもノーベル賞が獲れるかもしれないっていう程の天才児なんだ……

 僕とは生まれつき……

「瞬!? どうしたのよ」

 恋花が目の前にいた。

「どうって……」

 僕はようやく気付いた。

 駆け出している内に、いつの間にか教会までやってきてたんだ。

 滅多に教会になんか来ない僕に、恋花が驚くのも当たり前だ。

「血相変えて、青波と何かあった?」

 恋花はいつも彼女の名前の通り、花のように微笑む。

「うん……どうして、青波のことだって分かったの?」

「瞬が怒ったりする理由はいつもあの子じゃない」

 恋花はそう言って、教会の長椅子に座る。

 ステンドグラスから、青、赤、黄色の光が漏れてくる。

 僕も彼女の横に座って、目を閉じた。

 恋花と違って、神なんかがいるとは思わない。

 いたとしても、悪いことをしてない僕らに罰を与えてばかりだ。

 けれど、どうしようもない時に祈りたくなる気持ちは分かる。

「どうしたのよ?」

「うん……あいつは、ほんとに勝手だなあって……」

 僕はさっきの出来事を話した。

 付き合っていたはずの薫と一週間で別れ、そのダシに僕を使ったんだ。

「合った時から変わらないよね」

 僕はそう言った。

 それは僕もそうだし、何も成長していないように感じる。

 けれど、あいつはもっと何にも変わらない。

「ううん、青波。ほんとうに変わったのよ? あれでも、丸くなって優しくなった」

「あれで?」

 僕はおかしそうに言う。

「瞬がここに来る前は、もっともっと酷かった。人間なんて信用してない、そんな風だったから……」

「今でもそうじゃん?」

 僕はそう言う。

 けれど、恋花は首を横に振る。

「まあ、猫みたいな子だからね……薫くんには酷いことをしたと思うし、あの子の悪い癖よ。告白されたら、断らないんだもん」

「そう、そうだよ」

「けど……瞬が来てから、あの子……ずっと前みたいに、ちゃんと勉強とか体育とかを頑張るようになってくれた……『あの一件』があってから、本当に抜け殻みたいになって、結構荒れてたのよ」

 そう言う恋花の眼も曇っていた。

「僕の前の同居人……亮くんだよね?」

 よく、その名前を耳にする。

 僕がここに来る以前に、青波と恋花と一緒に暮らしていて、そして急死したんだって。

「よほどの事だったんだね……あの青波が荒れるなんて」

 恋花はうつむく。

「瞬が来てから、前のヤンチャで我がまま王子様の青波に戻ってくれたから、私嬉しいの」

 花のように笑う。

 それって、恋花は結局青波のことが好きなんじゃないの? っていう気もするんだけど、それは野暮なので聞かないことにした。

「そっか……良かったね。亮くんって子のことはよく知らないけど」

 僕はそう言った。

 教会。

 たまに来てみると落ち着くよね。

「教会、いいでしょ? 瞬ももう少し来てみなよ。イエス様の教えは人生でも役に立つんだから」

 僕は、「そうだね」といい。

「確かに神はいないけど天使くらいはいるかも。悪魔は人間の中にもいるし、天使くらいがいてもおかしくない」と言った。

 恋花は「アハハ」と笑った。

「瞬、なんだか小説家みたいな話し方するよね」

「だって、作家志望だし」

 恋花は弁護士志望、青波は学者志望ですでに論文を学会に発表したりしているという。

 この学園はエリート養成所なので、大体の子がそういう感じだ。

 僕は子供の頃から小説家になりたかった。

「何か書けたら、すぐに真っ先にお姉ちゃんに読ませてね。ファン一号なんだから」

 ちぇっ、お姉ちゃんか。

 僕の事はあくまで「弟」ってワケだ。

「うん!」

「ねえ……瞬、たまに思うんだけどね」

「うん」

「亮のこと、何にも聞かないよね? 何があったのかとか……気にならないの?」

 僕はその質問の返事を待ち構えていた。

「他の普通組の子は、すぐに聞こうとするからさ、瞬は何も聞かないなあって思って」

 僕は自信満々に言った。

「だって、物語の主人公は、大体何にも聞かないでしょ?」

 恋花は口をぽかんと開けていた。

「寡黙な主人公に、周りの人が自然に教えてくれる……そういうのを期待してるんだ」

「プっ、アハハハ」

 本当に笑い転げている。

「瞬、だったらそこは『言いたくなったら話せ』とかでしょ? 自分で言ったらお終いじゃない! ほんと、締りの悪い子ね」

「だって、そうだもん」

 僕は自信満々だ。

「アハハハ、じゃあ教えてあげない。瞬には絶対に教えない」

 僕たちはステンドグラスからの鮮やかな光を浴びながら、二人で笑い転げていた。


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LGBT ラストガールボーイ・ティアーズ スヒロン @yaheikun333

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