第3話 おしべとめしべ、どっちが好き?

「ハイ、授業を始めまーす。今日は、おしべとめしべのお話だよ~」

 茜先生がそう言うと、教室では「はーい」と声が返ってくる。

 茜先生は、赤い髪をおさげ髪して、四角い眼鏡をかけている。

 瞬たちのクラスの担任である。

「いい? このサヤエンドウ」

 眼鏡の似合う茜先生は、器用にサヤエンドウから中身を取り出す。

「x染色体とy染色体というものによって、男の子か女の子かが決まるの。男の子にはy染色体が必要なのよ。瞬君や青波君にも、y染色体があるわ」

 ざわっと生徒たちは男子も女子も青波を見つめる。

 なんせここ、白春学園は自由恋愛のための学園。

 大人になるまでにパートナーを見つけるための学園なのだ。

 僕も初めに政府が「自由恋愛のための学園を作る」と決めた時には驚いていた。

 そこは、ジェンダー差別を無くし、次世代の日本のリーダーを育成するための難関学校だという。

 その時、僕は単純にお金が無くて中学にも行けそうになかった。

 さらに白春学園は、「成績優秀で眉目秀麗な者のみとする」という僕を門前払いにする入学条件があったのだ。

 しかし、白春学園の偉い人は「純粋培養でもよくない。普通の子も入れよう」という気になったらしい。


 そこで、壮絶普通人間の瞬が応募した所、見事に“普通枠”での入学が認められたのだ。

「青波君のy染色体、スマートそうだよねえ」

「僕・・・青波君のy染色体と繋がりたいなあ」

「私も・・・青波様のy染色体となら、素敵な子供が生まれるわ!」

 生徒たちは、うっとりと青波を見つめている。

(僕はスルーか。あはは)

 瞬は内心で笑っていた。

 誰でも、王子様みたいな青波の方がいいに決まってるよ。

「ともかく、この染色体によってみんなの性別が決まってるの。じゃあ、今日はここまで」

 茜先生はそう言う。

 

 授業は終わった。

「うーん…難しい」

 なんせ、ここは次世代のリーダーを育成するエリート学校。授業の内容は小学校にしては難しいのだ。

「大丈夫。後で私が見たげるから」

 恋花はそう言う。

「こんなのがなんで分かんないんだよ」

 青波は呆れているようだ。

「君らエリートとは違うの!」

 やれやれ、“普通枠”で入った身は辛いよ。

「さて、瞬君。今月分のアンケートを取るね」

 茜先生が声をかける。

「はい」

「いってらっしゃい」

 僕は茜先生について歩いていく。

 職員室に入ると、中には大きなコンピュータが置かれていた。

「さあ、今月も元気だった?」

「はい!」

「瞬君はいい子ねえ。じゃあ、今月のアンケートを取りましょう」

 

 瞬は“普通組”なので、こうして月ごとにアンケートを取られる。

 要は、「普通組の子が、男の子と女の子のどっちを好きになるか」というのをテストするためらしい。

「さて、瞬君。最近、朝におちんちんが立ってることない?」

 僕は真っ赤になり、

「はい……何故か立ってます」

 おかげで今日は酷い目に遭った。

「良かった」

 先生はにこりと笑った。

「瞬君、そういうのが遅いから逆に心配だったのよ。いいことだから恥ずかしがらないで。朝立ちは、健康の証なんだから」

 そう言われても、女の先生から「朝立ち」なんて言われて恥ずかしくない男子がいるはずないよ。

「さて、ここからが大事な質問。いい? 少し念入りに聞いていくからね」

「はい」

 瞬は戸惑っていた。

 普段はすぐに”いつもの質問”になるのに。


「正直に答えてね。まず、最近恋花の胸や太ももを見てどう思いますか?

① 触ってみたいと思う

② ずっと見ていたいと思う

③ なんとも思わない」

 瞬は、

「な、なんなんですか、この質問は?」

と慌てていた。

 今まで、こんな変な質問無かった。

 すると、ずずいと先生は顔を寄せてくる。

「とっても重要なことよ。正直に答えて」

「うう・・・」

「恋花の白い胸と太ももだよ?」

「う・・・」

 今朝のことを思い出す。

 むにゅり、としたあまりに柔らかくて繊細なマシュマロのような感覚。

 いやいや、いかんいかん。

「ええと、➁ですね」

 瞬はなんとかそう答える。

「『ずっと見ていたいと思う』でいいの? ほんと? 触れたくないの?」

「うう……」

「あの柔らかいオッパイと太ももだよ?」

 再び思い出す。

 先生はズズイと寄ってくる。

「ね、どっち? 正直に答える約束よね?」

 瞬は、根負けして、

「はい・・・ふ、触れたいです」

 顔が真っ赤で耳が熱い。

「はい、素直でよろしい!」

 先生は笑顔になった。

「では、次に聞くね。

 青波の太ももやうなじを見てどう思いますか?

① なんとも思わない。

② ずっと見ていたい思う。

③ 触りたいと思う。」

 

ううん、難しいなあ。

僕はやっぱり女の子が好きだ。

 自分はゲイじゃないと思う。

 けれど、『なんとも思わない』ってのも最近は違うように思う。

 だって、青波は男なのにあんなに綺麗なんだもん。

 おまけにすぐに僕にベタベタとくっつくしさ。

 まあ、からかっているだけなんだろうけど・・・


「さあ、どうなの瞬くん。これにきちんと答える約束だったでしょ?」

 瞬はよく考えてから、

「はい……➁で、『ずっと見ていたい』です」

 少し照れていた。

 だって、青波は本当に彫刻品みたいな綺麗な体なんだから。

「よろしい。では最後の質問です」

 先生は、

「恋花と青波、どっちが好き?」

 僕は、いつも通り、

「両方、おんなじくらい大好きです」

と即答した。

「うん! いいデータが取れた。本当にいい子ね、瞬くん」

 茜は微笑んだ。

「さ、昼休みよ。みんなと遊んでらっしゃい」

「はい」

 瞬は職員室から駆け出して、上履きをシューズに変えて青空の下へと駆けて行った。

 グラウンドを踏みしめるたびに、草の匂いがする。

 今日は快晴だ。


「おせーぞ、瞬!」

 青波が華麗に大胆にサッカーボールを操っている。

 恋花も、草原の妖精のようだ。

 青波が蹴ったボールが僕の足元にきた。

「わわっと」

 僕は足元にきたボールを弾いた。

「なあーにやってんだよ。そんくらいトラップしろよ!」

 青波はなんでもよく似合う。

 ただのパジャマが、日本代表のユニフォームのようだ。

「あんたこそ、パジャマで外に出るのやめなさいって何回言えば分かるの?」

 恋花は言い返す。

 僕は思い切りボールを蹴った。

 それは弧を描いて、青波の胸元に綺麗に収まった。

 晴れているのに、うっすらと虹がかかっていた。

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