第2話 101回目のボウガン

「まーた、壁に穴が空いちゃった! これで101個目だよ、恋花!」

 青波が王子のような気品で怒っている。

恋花は、

「青波が学習しないからね。全く、何度も何度も瞬をたぶらかそうとして! お姉ちゃんが止めなければどうなっていたのか!」

 可愛らしく腰に手を当てている。

 パジャマ姿なのにまるで、洋画に出てくるお姫様のようだ。

「恋花こそ、いい加減でボウガンを止めたらどうかなあ・・・」

 瞬はそう言って、洗面台に向かった。

 歯を磨いて、顔を洗ってと。

 

 うん、僕は王子でも姫でもなく、凡庸な普通の男の子の顔だ。

 なんで僕が、この二人と一緒に生活しているのか不思議だよ。

 なんせ、この白春学園は、恋愛のための学園なのだ。

 そして、青波は学年一の美男子で、恋花は学年一の美少女。

 僕は二人のオマケの弟分だ。

 ここにやってきた時から、その役割は決まっていた。

「茜さあ、実際そのボウガンは卑怯じゃないかなあ?」

 青波は鋭く言う。

「ここの唯一の戒律を忘れたのかよ? 『全ての恋愛は自由である』。僕らはこれだけを信条にしているんだよ?」

 と、青波が珍しく険しい目だ。

 実は青波はふざけてばかりだけど、結構男っぽい性格なんだ。

 

 瞬もこの学園に来るまでは、テレビなんかの影響で、ゲイというと所謂オネエの人ばかりだと勘違いしていたけれど、実際には大半はごく普通の男の子だ。

「もちろん、よく知ってるわ。私たちは、この学園で生まれ育ったんですから。瞬は少し遅れてきたけれどね」

 僕は“普通枠”だからね、と心中で自嘲気味につぶやく。

「そうさ。それを、最近のお前は、瞬を取られそうだからって、ボウガンで邪魔してばっかりじゃんか」

 青波は鋭く指を突き刺す。

「私はね、イエス様のいう大罪の内、最も罪深いのは色欲だと思うの。イエス様も大きな罪にポルノ、売春、そして私通と書かれているわ。色欲はそれほどに罪深いのよ」

 瞬は、

「ボ、ボウガンで撃つのも罪なんじゃない? 一応、日本の法律があるしさあ」

と言う。

「とにかく! 青波は色欲で、瞬を手込めにしているわ・・・大事な弟をね。それを防ぐためなら、お姉ちゃんんは『殺人』の罪を犯すことも厭わないわ!」

 恋花はごうごうと燃えているようだ。

「あはは、正義に燃えているようで犯罪的な台詞だこと」

 瞬は笑う。

 青波は、


「あー、はいはい。あくまで『弟を守る姉』って体裁を守りたいのね。じゃ、そういうことにしてあげますか」

と言い、肩を竦めて部屋を出て行った。

 最近、青波と恋花はいつもこういうやり取りになる。

 以前は三人で仲が良かったのに。

「ねえ、恋花」

 僕は隣の少女に語り掛ける。

「なあに?」

「最近……ちょっと喧嘩が多くない? 青波とさ」

「瞬を守るためよっ」

「またまた、あんなの冗談に決まってるじゃない」

「へ・・・? 冗談ってどういうこと?」

「青波が僕を好きなはずないでしょ。あんなに男からも女からもモテるのにさ」

 恋花は鳩が豆鉄砲を百発食らってから、ジャックナイフで刺されたような表情だ。

「ずっとからかってるんだよ、酷い奴だからね。大体、青波と恋花の方がよほどお似合いじゃんか。だから、もっと仲良くしてさ・・・前みたいに」

 そう。瞬は十歳になってからここに来たので、初めは外の世界とあまりに違っていて馴染めなかった。

 けれど、少しずつ打ち解けてまるで本当の三人兄妹みたいになったんだ。

「ね?」

 

 しかし、恋花は「ハアー」とため息をついて、こめかみに指先を当てている。

「いくらなんでも、今のは青波が可哀そうすぎる・・・あの子、プライド高いし、この件は黙っておこう」

「? どうしたの?」

「もういいわ。教室に行きましょうよ。先生やシスターたちが待ってるわ」

「うん!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る