或る星の綺麗な日
王加非
第1話
大きな爆発音が突然地上に降り立った。
続いて大地が大きく揺れ、足元がふらつく。
カーテンを覗くと、この小都市には全く異様に映る半球の穴があった。
空を見上げると、星が見えた。
オリオン座のリゲル、おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオン。
いつも通りの冬の大三角を眺める。
その美しさにうっとりとしてしまう。
人間は様々な美しいものを創造してきたが、到底これらには叶わないだろう。
もしかしたら人間は、本当は私が今眺めている星の何処かで生まれたのではないか。途方もないことを夢想する。
星に紛れて、高速で動く物体がいくつも見える。
あれがこの穴を作ったのか。
もうこの星は終わりかもしれないな。
この星にははち切れんばかりの憎悪が大気によって押し込められている。
それが今、爆発したのだ。
四方から人々の叫ぶ声が聞こえる。
あちこちへ人が行ったり来たりしている。
ゆっくりと階段を下って、玄関を出る。
すると一人の女性が頭から腹まで血まみれで、私のほうへ来る。
そうだ、彼女は私の愛するたった一人の女性だ。
よろける彼女を私は抱きかかえる。
結局私は死ぬまで彼女に私の気持ちを伝えることはできなかったのかと、私の不甲斐なさを嘆く。
しかし、これは仕方のないことなのだ。
この気持ちはどんな言葉を用いても、どんな行為によっても、あなたに示すことのできないものだと私は知っているからだ。
それどころか、それを言葉や行為にしてしまったら一切が崩壊してしまう気すらしていた。
あなたはどうだったのだろう。
あなたは私のこの純粋で、純粋が過ぎるために伝えられなかった想いを少しでも理解してくれたのだろうか。
思うにあなたは私のこの想いを予想だにしていないのではないだろうか。
私はあなたに素っ気ない態度を取っていてばかりだったし、それをあなたは気にする風でもなかった。
あなたはわたしの態度などお構いなしでいたけれども、こんな私とこれまで付き合ってくれた。
私は彼女を抱きかかえ、歩く。
街は電気を失って、真暗になっていた。地上を照らすのは兵器と月と星だけだ。
世界は確実に終わりに近づいている。
彼女を送り届けたら、その時に私のこの想いを伝えよう。
不意にそんな決意が出てきた。
それまでにこの想いをどう伝えるか考えよう。
人間は感情の伝達に言語を頻繁に用いるが、この言語というやつはなんて拙い道具なんだろう。
間違いにあふれている。それどころか、正しく言っても伝わるとは限らない。
それならば、私はこの想いを何て表せばよいのだろうか。
どんなに詳細に、正しく表そうと思っても、全くうまくいかない。
そもそも想い自体を言葉にするなんて不可能なのではないか。
「好き」や「愛」なんていうのは私の膨大なものの一部に過ぎない。
それにこんなありふれた言葉は私の想いが全く陳腐であるような気がする。
それでは、行為によって示すのはどうか。
彼女の頬に口づけすることなど考えたが、頬に口づけすることのどこに私の想いがあるだろうか。
彼女と私のどこが接触しようが、この想いとは一切関係ないではないか。
途方に暮れていると、目的の場所についてしまう。
それは街から少し離れた場所にある公園だった。
公園は木に囲まれていて、私はよく星を見にこの公園のベンチに座ったものだ。
今日は明かりがほとんどないので星が一段と良く見える。
彼女をいつもベンチに座らせ、その隣に座る。
すると、彼女が微かに目を開ける。
彼女も死んでしまうのか。
私も彼女と同じように死ぬのだろう。
私と同じように想いを抱えながら死ぬ人もたくさんいるのだろう。
はっと気が付いた。
世界とは私のことなのだ。
世界は彼女でも、今から死ぬだろう人々でも、生き残る人でもない。
そして、私は確かにここに在って、私のこの想いは確かに今ここに在る。
それはそれで完結していて、それ以外ではあり得ない。
それは素晴らしい奇跡だ。
そして、今、この世界は終わろうとしている。
世界の終わりになってようやく私は気が付いた。
星が美しいのではない。
星は私で、もしくは私によって、美しいのである。
私は目を閉じて、彼女を想った。
或る星の綺麗な日 王加非 @cophy
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