12月22日 火星の本棚

ワード 本棚 火星 部屋



ここは火星。どこまでもどこまでも赤みを帯びた地表が広がっている。

「……」

 何もない場所をうろうろする1匹の生き物がいた。おまんじゅうのような頭からは触手とも足ともとれるものが10本生えており、それらを器用に使い、ニュルニュルと歩いている。赤い皮膚も相まってまるでタコのような姿をしているが、その生物に言ったところで通じはしないだろう。彼(性別は不明だが一応彼としておこう)をここでは火星人と呼ぶことにする。

 目的もなくひたすらに歩いていた火星人は急に立ち止まり、足元を見つめた。どうやら何かを見つけたようだ。彼はその何かを拾い上げた。それは火星のあちらこちらに転がっている石とは違った。

 火星人は拾い上げた触手と、もう一本別の触手を使って拾い上げたものを目の高さまで持ち上げ固定し、観察を始めた。拾い上げたものを縦に横に回す。片側を開けることに気がついた彼は2本の触手を器用に使い、触手が持っているそれを開いてみた。開いた場所にあったのは色鮮やかに描かれた、見たこともない風景だった。地面は彼が暮らす、この赤い地面とは違い、緑色で、何やらピンクや黄色の綺麗なものが緑色の土地から生えていた。またその奥には澄んだ青色で大きく描かれたものがある。生き物はそこに描かれているものが一体なんなのかわからなったが、目の前に映るものがとてもキラキラしていて綺麗であることはわかった。

 火星人は手に持っているものがまだ開けることに気がついた。彼は1本の触手を使って次のページを開いた。開いた先にはまた別の景色が広がっていた。

 こちらは彼も見たことのある風景だった。黒い空には小さな光が無数に広がっていた。普段彼も見ている風景ではあったが、手元で広がるその小さな光景にも、いつも見ている空と同様に、自身がちっぽけであると思わせるほどの壮大さがあった。

 それはまさしく絵本のそれであった。火星人にはそれがなんなのかわからないままではあったが。彼は持っているものがなんなのかわからないながらも、その美しさに感動したらしく、次々とページをめくり、描かれている絵を隅々まで眺めていた。

 絵本が気に入った火星人は触手を4本に増やし、絵本を大事に大事に抱えた。そしてきた道を戻っていった。いつも使っている寝床へと帰るつもりらしい。

 どのくらいか歩いたのちに寝床にたどりついた。火星人は地面がくぼんでいるところを自身の場所としていた。ここであれば強い風が吹いても多少はしのぐことができるのだ。今日は風があまり強くないので寝床でゆっくりと過ごすことができそうで彼は少し安心している。

 火星人は日が暮れるまで絵本を眺めていた。これがなんなのか、どこからやってきたものなのかはわからなかったけど、彼はこれをみている時間がとても好きになった。

 次の日も火星人は絵本を見つけた。昨日拾ったものと同じ形はしているものの、開くと描いてあるものが違っていた。昨日の絵本は景色ばかりが描かれていたけど、今、彼の目の前にあるのは何やら目と口の描かれた、見たこともない生き物が描かれていた。この絵本にはその大きな楕円に描かれた生き物が常に登場する。その主人公が何かしらをする物語ではあるのだけれど、火星人は文字も理解できないし、そもそも物語というものが理解できなかったため、何が何だかよくわからなかった。それでも彼はその絵本のことも気に入ったらしく、4本の触手で大事に抱えると寝床へと持ち帰った。

 その次の日も、またその次の日も、火星人は絵本を見つけた。彼は3〜4日の間、絵本を見つけては寝床に持ち帰るということを繰り返した。

 そんなことを繰り返して5日目が経った。火星人は少し期待して昨日絵本が落ちていた場所までやってきた。案の定、絵本を拾った場所から少し離れたところにまた別の絵本が落ちていた。しかし今日はそれだけではなかった。なんとその先にも、また先にも絵本が落ちていたのだ。火星人はあたりに落ちている絵本を拾って歩いた。抱えている本が5冊目に入ろうとした時、火星人は絵本とはまた違う、別の不思議なものを見つけた。それは火星人ほどの高さがあり、銀色で筒状の形をしている。そして火星人と向かい合う方向に取っ手がついていて開け閉めができるようになっていた。火星人は地面に触手を伸ばして拾い集めた絵本を足元にそっと置くと、その筒状の物体に恐る恐る近づいた。得体の知れない物体についている扉は少しだけ開いている。火星人は触手を一本、筒状の物体に伸ばして、取っ手にかけると、自身の体の方に引き寄せた。火星人が中を覗くとそこにはたくさんの絵本が詰まっていた。その筒状のものは見た目こそゴツいものではあったが、紛れもなく、絵本がしまわれた本棚だった。





 20xx年地球。気候変動やら食料危機やら、ウイルスの蔓延など……まぁとにかく色々な事が重なり、人類は年々数を減らし、人類滅亡も秒読み状態というところまで来ていた。

 そんな状況を嘆く、1人の絵本作家がいた。彼はとにかく人類が滅亡してしまうことを嘆いた。自身の命が尽きることに対しては恐れはない。しかし彼は人類という知的生命体がこの世界からいなくなってしまうことによって、今まで自分が作ってきた絵本、作品が死んでしまうことを嘆いていた。よく自分の身は滅びても、作品は時を超えて生き続けるなんて言われるが、それは人間がいてこそ成立する理論であり、人間がいなくなってしまってはもう作品を思ってくれるものもいなくなってしまう。それは事実上、作品の、創造物の死とも言えるであろう。絵本作家はこのことばかりを考え、自身の部屋にこもりっきりになっていた。

 そんなことををずっと嘆いている絵本作家に手を差し伸べたものがいた。絵本作家の友人の宇宙飛行士だ。彼は人類を火星をはじめとした別の惑星へ移住させるプロジェクトに参加していたが、想像よりも地球の変化が急速だったために、その計画を実行に移すことができなかったのだ。人類を生き延びさせる事ができなかった、せめて最後まで人の役に立つ事がしたい……そう考えていた矢先に、絵本作家の状態を知った。宇宙飛行士は絵本作家に提案したのだ。「あなたの絵本を頑丈な入れ物に詰めて、宇宙へ飛ばしてしまいましょう」と。

 広い宇宙には人類が想像し得ない様々な可能性がある。きっと遠くの星には知的生命体だっているはずだ……いや、正直知的生命体がいるとは断言できない。しかし、もう先のない地球に絵本作家の作品を残すよりかは宇宙に飛ばして、どこかの知的生命体に見つけてもらった方がわずかではあるが作品を生かす可能性があるのではないかと宇宙飛行士は考えたのだ。

 絵本作家は宇宙飛行士の提案を受けた。別の星の知的生命体に自分の絵本を見つけてもらうなんてありえない話だ。だけどここに残して腐らせるよりかは幾分マシだと思った。仮に絵本を詰めたロケットが別の星にたどり着きすらしなくても、自身の作品が宇宙を漂ってるというのもなかなかロマンがあるのではと絵本作家は思った。

 絵本を乗せたロケットの打ち上げはすぐに行われた。残った人々はもう未来への希望も失い、自身の死まで暇つぶしをしているような状況だった。宇宙飛行士の呼びかけに対し、彼の仲間たちは久しぶりに面白そうな仕事だなと快く協力してくれた。

「3、2、1……」

 絵本作家の全ての作品を乗せた小さなロケットは真っ青な青空の元で打ち上げられた。ロケットは煙をはいて上へ上へと登っていき、ついには見えなくなった。

「私の作品たちよ……どうか生き延びておくれ」

 絵本作家は願うように呟いた。

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アイディア出し10分で書く三題噺 旦開野 @asaakeno73

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