赤いきつね

@feelrelieved

寒い日はやっぱり…

ああ、今日はもう本当に疲れた…!

身体も心も限界寸前。くたくた過ぎて、身体の感覚がもうよく分からない。ふわふわしてる。


「はぁ…」


盛大なため息を付きながら、保育園へと自転車を走らせる。娘たちを早く迎えに行かないと。そう気持ちが焦る一方で、このままどこかへ行ってしまいたくなる衝動に駆られる。


どこへも行く場所などないのに。


日が沈んでいく西の空を見ながら、南の島の海がきれいな所へ行きたいなぁとか、考える。浜辺でビール飲んでのんびりしたい。そんなことができるのはどこの世界だろう。


「遅くなってスミマセン」


先生に頭を下げて娘たちを引き取ると、


「もっと遊びたい!」


「おかあしゃん、こないで!!」


と、駄々をこねられる。できるだけ早くお迎えに行ってあげようと、頑張って頑張って仕事を終わらせてきたのに。泣ける。


その場にへたり込みたくなる身体を気力で奮い立たせて、張り付いた笑顔でお友達のお母さんたちに挨拶しながら二人を引きずるように自転車へ乗せる。


「もう、お母さん無理でーす。疲れたーー」


自転車に乗せられた途端、母親にそんなこと言われて子供も困るだろう。無言。

無言のままスーパーへ。


「お買い物するの?」


「お菓子買ってもいい?」


子供はいそいそと自転車から降りる。


「夜ご飯買おう」


「「いいよー!」」


二人はお行儀よく返事をした。


何買おうかな。惣菜弁当かな。それとも冷凍食品? おにぎりやパンでもいいかな。

悩みながら足は自然とカップ麺の棚へ向かう。お腹が膨れて満足感もあると言ったらやっぱコレだな。

たまにだし、今日は疲れているからいいよね! 寒いし。温かいもの食べたい。

自分に色々言い訳しながらウンウン唸っていると、


「これにするー!」


と、子供たちは『赤いきつね』を指さした。子供の目を引く赤いパッケージ。お買い得価格で税抜き98円。『赤いきつね』さすがだな!


「お母さんもコレにしよ」


すっかり暗くなった帰り道。前と後ろに子供を乗せて家へと帰る。


「あー、お湯を沸かすだけなんて楽だなぁ」


少しだけ気分も軽くなった。

家へ帰れば、洗濯物を取り込んで、畳んで、明日の準備をして、お風呂掃除して、子どもたちを洗いながら自分も入って、また洗濯機を回して干して……色々やることあるけれど。


なんてったって、5分。


それに、他のカップ麺より子供に食べさせる罪悪感は少ない(根拠はないけど)。だって、うどんだし。ジューシーなおあげが入ってるし。


出来上がった『赤いきつね』は、おわんに分けて二人で一つを食べさせる。おあげも半分こ。黄色い玉子は2つずつ。白いやつは3つしか入ってなかったから、私の一つあげる。 


「いただきまーす!」


子どもたちは大喜び。普段私が作る料理よりも食いつきがいい。うん、美味しいもんね。


「久しぶりだなぁ」


独身の時はよく食べていたけれど、結婚して子供が生まれてからはほとんど食べてなかったな。 

変わらない味がなんだか懐かしくて涙が出そう。もしかしたら少しずつ変わっているのかもしれないけれど、ほっとする味。誰かが変わらない愛情で作り続けてくれている味。疲れてくたくたな私のために作ってくれた味。


「おいしい……」


目の前で二人の子供もニコニコ笑って食べている。

南の島もいいけれど、今のこの瞬間も幸せかもしれない。


「あかいちちゅね、あしたもたべる」


下の子が舌足らずに言うと、上の子も


「いいね、いいね! ずーっと、これでいいよお!」


と言う。


「赤いきつねは頑張ったお母さんのご褒美だから、特別なの」


「じゃあ、もっと頑張って」 


「疲れるから無理」


「頑張ったんじゃなくて、疲れたから買ったんでしょ。知ってるよ」


「頑張って疲れた時、また助けてもらおう」


私がそう言うと、上の娘は首を傾げながら少し悩んで、閃いたように目をキラキラさせた。


「うん、きつねは神様だからね」


そうなの? そういう絵本を保育園で読んでもらったのかな。まぁ、いいか。赤いきつねの神様が私たち親子を見守ってくれてる。そういうことにしよう。


疲れて辛い時にはまた、頼ります。どうかまた助けてください。

子どもに優しくできますように。笑顔でいられますように。

パッケージの『きつね』という文字が神々しく見えた。洗って切り取ってお守りにしようかしら。

なんてね。そんな子どもじみたことはしないけど、その日からうちの食器棚の中には『赤いきつね』が鎮座している。『いつでも頼ってくれていいのだよ』と私を励ましてくれている。

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