冒険者のシノギ
■
残党狩り
「討伐仕事は初めてだが、絶対成功させようなっ! 相棒!」
「ああ」
同じ先輩冒険者に師事している同期の冒険者の言葉に相槌を打つ。短い返答は緊張によるものだと思ったのか、同期は俺の肩を触りながら言葉を続けてきた。
「大丈夫だって。僕達には親分がいるんだからさ。必ず生きて帰れるさ」
「そうだな。だけど、油断は禁物だ」
「まあな。相手、オークだもんな……」
今日、俺達が請け負ったのはオーク討伐。
親分に連れられて立ち寄った村で受けた依頼だ。村人達はオークに畑を荒らされ、少ないが怪我人も出ている。皆、怯えた様子で俺達にすがってきた。
オークは非常に恐ろしい存在だと言われている。先の大戦で大暴れした闇の軍勢の戦士達であり、魔王が討たれた後も世界中で暴れている――とされる存在だ。
父が死んだのも、こんな仕事だった。村の直ぐ近くに住み着き始めた闇の軍勢の残党を――オークを討伐するという仕事の最中、俺の父も死んだ。
その仕事を請け負った冒険者達のリーダーは、いま、俺達2人の親分になってくれている。親分はオークに仲間を殺されながらも打ち勝ち、そのオークを村まで連れ帰って村人達の前で首を刎ねて殺し、仕事を完遂した。
「ガキ共、そんな力むな。今回は楽な仕事なんだからよ」
先を歩く親分が振り返り、苦笑しながら声をかけてきた。
同期は親分の余裕たっぷりの様子に頼もしさを感じたらしく、俺を肘でつついて「親分はさすがだな」と嬉しげに言った。
「僕の村もオークに襲われたんだけど、親分に救ってもらったんだ。そんな親分と一緒に仕事が出来るなんて……もう死んでもいい」
「死んでもいいは言い過ぎだろう」
「それぐらい憧れの人って事だよ! お前も親分に感謝しとけよ~? そんな焼けただれた顔だと組んでくれる人もそうそういなかっただろ?」
「まあな」
俺は親分についていく以外の選択肢がなかった。
父が死んだあの日以降、親分と一緒に冒険に行く日々を夢見ながら、泥水をすすりながら生き足掻いてきた。再会できた時は必死に頭を下げ、「雑用でもなんでもしますから」と頼み込んだものだ。
「親分っ! オーク共はどこに潜んでいると思いますかっ!?」
「あそこだ」
親分は迷いなく山の麓を指差した。
親分の見立ては正しかった。
山の麓に辿り着くと、そこに2人のオークがいた。焚き火を囲んで暖を取っている。どちらもやせ細って覇気のないオークだった。
そんなオーク相手でも震え上がっている同期を尻目に、親分はズカズカとオーク達に近づいていった。同期が「親分っ!」と悲鳴じみた声をあげた。
親分は俺の同期の言葉に「騒ぐな」とだけ言い、背嚢から携帯食料を取り出し、それをオーク達に向かって投げた。
「ほら、餌だぞ」
やせ細ったオーク2人は目の色を変え、親分の投げた携帯食料に食いついた。親分に襲いかかったりはせず、食べる事に集中している。
「紹介しよう。俺の飼ってるオークだ」
親分はニヤニヤと笑いつつ、2人のオークを指し示した。
闇の軍勢の残党といっても、実態はこんなものだ。
王を失って敗れた事で、軍団としての機能は殆ど失われている。かつては屈強だった戦士達も、満足に補給を受けられない状況では弱っていく。あるいは死ぬ。
この2人は残党ですら無いかもしれない。オークが現地人に産ませた子供かもしれない。俺より少し年下ぐらいだろうか? 戦士としての教育はまともに受けていないようだ。
生きていくので精一杯。親分はそんな奴らを利用していた。
「こういう獣同然の奴らを躾け、適当な村を襲わせる。オークなんて勝てっこないと震え上がっている愚民共は、どこからともなく現れた冒険者に……オレに頼る」
「じゃ、じゃあ……親分がさっきの村に来たのは……」
「このオーク共と示し合わせての行動だよ」
まずオーク達に村人を刺激させる。その後、依頼を受けた親分がオーク達を村の近隣から退去させ、「討伐しておいたぞ」と言って報酬を受取る。
いくつもの村を渡り歩き、それを繰り返す。それがこの冒険者のシノギ。
「こいつら倒さないんですか……?」
「金づるだからな。ま、村の連中がどうしても『討伐の証を見せろ』と言ってきたら報酬次第では首を刈り取る。で、新しいオークを見つけて躾ける」
そうやって稼いだ方が安全安心。かつての冒険で仲間を亡くした親分は、「これが賢い冒険者のやり方だ」と言った。その瞳は暗く淀んでいた。
呆然としている俺の同期を見た親分は、「何か文句があるのか?」「冒険者業界じゃ普通のシノギだぞ」と言った。
けど、同期は――。
「僕の村も、そうやって騙したんですか……?」
「……ああ、なんだ、オメー英雄志願者か。めんどくせえ」
「オレ、親分みたいな冒険者に憧れて……!!」
同期が親分に殴り倒された。親分の代わりに同期を取り押さえ、縛る。水を差されないように猿ぐつわをかませておく。
「現実のわかってねえガキが……。何でオレが他人のために命張らなきゃいけねえんだよ、アホらしい……」
親分がチラリと俺に視線を向けてきた。
「お前もそいつと同じ考え――じゃ、なさそうだな」
「ええ。俺は目的のためなら何でもしますよ」
いいシノギだと思う。村人は安心を買える。俺達は命の心配をせず稼げる。そこのオーク達も命を繋げる。誰も死なずに済む冴えたやり方だ。
「コイツはどうしますか? 親分」
「オークに殺された事にすりゃいい。そうすりゃ晴れて英雄サマの仲間入りだ」
「…………!」
縛られたまま震え上がっていた同期が目を見開く。その目には大粒の涙が浮かんでいたが、親分の目つきはとても冷めたものだった。
「そいつ殺す前にメシにするか。直ぐに村に帰ったらやらせだってバレちまう……。そこそこ苦戦して、若い冒険者の命が1つ失われたって事にしよう」
「了解」
同期を縛って転がしたまま、野営の準備をする。親分のための食事を用意する。
夜のうちに人間を1人殺し、オーク達には別の村に向かってもらった。
村に戻る前に、殺した人間の顔を念入りに焼いた。俺の顔と同じようにしっかり焼き、それを村に持ち帰って「オークの首だ。しっかり殺しておいた」と言った。
村を脅かしていた脅威が取り除かれた事を知った村人達は大いに喜んだ。が、3人いた冒険者が2人になっている事に気づくと、恐る恐るその事を聞いてきた。
「彼はオークに殺された」
正直者の顔をしてそう伝えた。実際、嘘はついていない。
死を悼んでくれる村人達に感謝しつつ、報酬を受け取り、村を後にする。
仕事も目的もこなし、晴れ晴れとした気分だ。
隣を歩く冒険者の背中を叩き、労う事にした。
「これからもよろしくな、相棒」
冒険者のシノギ ■ @yamadayarou
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