帰途にて

Black History

帰途にて

『ずっと小さな頃から疑問に思っていた。なぜ自分は自分でしかなく、他人ではないのだろうと。

 我思う、ゆえに我あり、とは昔の哲学者の言葉だそうだが、僕は我でなく、他人を思ってみた。

 あの人も僕なのではないかと 』

どこかの「略奪」の能力者はデカルトさんの方法序説に倣ったみたいだが、俺はそんなに知識人ではないし、ましてや思索もそこまで深くはない。平凡な俺にはせいぜい論語の「時に学んでこれを習ふ、亦説ばしからずや」とか、平家物語の「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」とかいう有名な文言を嘯くのがお似合いだろう。ここで勘違いしてもらっちゃあ困るのは、俺は何も人生に対して悲観的になっているというわけではないということだ。どこぞの文豪は、度重なる神経衰弱でやられちまったのか則天去私などという馬鹿げた、ああ、凡人の俺からするとたいそう馬鹿げた観念を標榜したらしいが。ということは俺は則天去私とは程遠いところに居るというわけだ。ああ、毎日が最高、とまではいかないがほどほどに楽しいね。そう言えば論語の中では「過ぎたるは及ばざるが如し」などと書かれていたと聞くから、俺は、いや、俺のほどほどな、中庸な人生はどちらかと言うと孔子さんよりなのかもな。

「楓太、また難しいこと考えている顔してるよ」

そう言って俺の前に顔をのぞかせてくるのは栗原萌音。生来の茶色がかったサラサラの髪を、俺は女子の髪型に詳しくないからこう言わせてもらうが、短く切った、かわいらしい顔の少女だ。彼女が言った楓太とは当然この俺、遠藤楓太のことであり、俺と栗原は同級生の幼馴染だ。

「いいや、そんなに難しいことではないさ。『我思う故に我有り』っていうのは最近の定説では『我』の指す範囲が『自分全体』から『考えること』へと縮小されたってわけで、ということはつまり自分と他人も『思うこと』については等価であるからその障壁がより希薄に——」

「ス!ストップ―!なに!?楓太君は私の頭を破裂させるつもりなの!?」

「いや、そんなつもりはないが」

「もー、頼むよぉ。私の頭はかいけつゾロリの当たりのポテトチップス並みに壊れやすいんだからね!」

「例えがよく分らんな」

「つまりすごく壊れやすいってことだよ!」

そう、栗原萌音、彼女は頭がすこぶる悪い。なぜこの高校に入学できたのかと疑ってしまうぐらいだ。まあ、その裏には中学時代の彼女の並々ならぬ努力があるのだが。

「しかしなんで入れたんだろうなぁ」

俺は一人呟く。

「ん?何が?」

目ざとく聞き漏らさなかった栗原が尋ねる。

「いや、栗原がなんでこの高校に入れたのかってな」

「そ、それは……」

ごにょごにょと何かを宣った栗原の、その声は俺には届かなかった。

「何だって?」

俺はプリン頭の少年よろしく、その言葉を聞き返す。ただ、俺の場合は本当に聞こえなかったのだが。

「う、ううん!なんでもない!」

そう言うと彼女は、聞くために身を乗り出した俺から一歩身を引いた。

「そうか。なんか悩み事でもあったら俺に聞けよ。勉強以外なら応えてやる」

「勉強が一番、いや、最も大事なことの一つなんだけど……」

一番と最もに言い直すほどの違いがあったかと思ってしまったが、そう言えば英語を訳すときには一番は一つにしか使えないが、最もは何個にでも使えたなと思い返し、まあそんなもんかと納得する。得心して満足した俺は前を向き、そろそろいつもの分かれ道、つまり俺と栗原が別々の方向へと向かうところに来ていることに気づいた。そう、今は夕暮れ、帰り道である。

「あ、じゃあ俺はこれで」

「あ、うん。じゃあね、楓太君。今日も楽しかったよ」

いつものように満面の笑みで別れの言葉を告げた栗原は、大手を振って帰っていった。





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もう少し小説ってものを気楽に書いてもいいのではないか。

そう思い立ったので、とても短くて不完全燃焼ですが書かせていただきました。

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