メタルハート

わた氏

メタルハート




ゴウン。

機械音のその刹那、真っ赤な光が大地を抉る。

鋭利な轟音の後には、黒く焦げた直線の跡しか残らない。

立て続けの雷撃に、燃えて崩れる村の建物。


ゴウン。

逃げる者は皆、ポキリと手折られ動かない。

執拗に背中は焙られ、呻き声がやがて消えた。

蹂躙されるのを見つめる、たった一人の少女。


ゴウン。

は死体に手を入れ抉る。

そして差し出すのだ、赤の滴る心臓を。

幼き少女の眼前に。しかし、


「違うよ」

それじゃない。

だって動いていないもの。

肩に付くほどの黒い髪を風になびかせ、少女は首を振る。


ビチャッ。

心臓は、荒んだ大地に打ち捨てられた。

小さな少女は、巨人の身体によじ登る。

そして再び、二人は往く。


——“胸の鼓動”を探して。

——“ムネノコドウ”を探して。






メタルハート——。

前時代に造られた、全長3メートルもの巨人兵器。

彼らに与えられた使命は、地球の秩序を正すこと。

故に彼らは蹂躙する。


ゴウン。

彼らは秩序を乱す存在——全人類の殺戮を始めた。

ヒトの心臓に反応し、子どもも老人も其処の貴方も。

全ては秩序を正すため。


ああ。

あり得ない。生み出した学者は絶望した。

敵わない。軍人たちは崩れ落ちた。

許さない。佇む少年は天を睨んだ。


ゴウン。

彼らは死を待つ存在だった。

原動力である石油の飲み方を、彼らは知らない。

そして科学者も滅んだ今、彼らを直せるものはいない。




タタタ……。

果物を抱えたハィが、駆けている。

誰かからくすねた厚手のコートの下からは、丈の長い白色のシャツ。

そしてその小さな足には土埃が被さっている。


「どうぞ」

しゃがみ込んだメタルハートの膝元に、少女は腰かける。

黒い眼が兵器を仰ぐ。

差し出したのは、ハィの掌ほどのオレンジ色。


ピコピコ。

ビー玉ほどの両目を二、三度青く点滅させて。

それから三本の指で果物を摘まむと顔に押し当てた。

彼には口が無いからだ。


ビチッ。

果実の断末魔は風の中に消えていった。

メタルハートは不思議そうに摘まんだ手を眺める。

顔から果汁が滴った。


「ふふっ」

少女は思わず吹き出した。

そんな少女を、メタルハートは怒らない。

死を待つだけの存在たちが、ただ世界の真ん中にいた。




——ハィ。

彼女には心臓が無い。

と、いうと語弊がある。

正確には、鼓動が無い。


ゴウン。

機械の心臓を作った人……彼女の技師も死んだ。

メタルハートの烈火に焼かれ、とうの昔に息絶えた。

彼女の身体も冷えたまま。


「“ムネノコドウ”、どこにあるのかな」

少女は焦がれた、拍動に。

知りたかった、溢れんばかりのぬくもりを。

欲しいのだ、“あったかい”という感覚が。


——このが尽きる前に。




「見て」

ハィが差し出したのは、真っ赤な果実。

底はへこんで濃く色づいて。

登るにつれ肌色になって、その頂には緑の旗。


ピコピコ。

メタルハートが顔を寄せ、青い光を瞬かせた。

凝視する二つの水晶。

少女は優しく微笑んだ。


「心臓ってこんな色なんだよ」

夢見心地で、ハィは言った。

そのまま少女は齧り付いた。

彼はゆっくり首をもたげた。


——ハィ。

その心臓は人間のものじゃない。

だからメタルハートは、彼女を殺さない。

肩に乗っていても気に留めなかった。


ゴウン。

言葉は理解しているのか。

ただプログラミングの成果によるだけかもしれない。

光信号の意味も、誰にだって分からない。


「静かだね」

ここには誰もいない。

果実を付けた木々と、そよ風を讃える草花と。

そして彷徨う二人だけ。


ゴウン。

メタルハートは足を止め、肩に留まったハィが振り向く。

灰色の十字が横たわり、黒い三つ目は細身ののっぽ。

街に着いた。


ヒュウゥ。

冷え切った風が、屋根のない建物を吹き抜ける。

人間の生きていた証。

壁は剥がれ、内装は雨に染み込んだ。


ピピピ。

メタルハートの目が金色に輝く。

……人間の“胸の鼓動”は聞こえない。

子を抱いた母親は枯れはて冷たい。


ピピピ。

流れる川に重なるは夥しい死体。

水を求めて飛び込んで。

川は静かで透明だった。


ピピピ。

横たえるは玩具のロボット。

ネジを失い、飼い主を失い。

ここは綿毛の着陸地点。


ピピピ。

植物が、荒れ果てた世界を再建する。

柱に絡みつく蔦。

アスファルトの切れ目から芽吹く命。


キイィ。

正面からやってきたのは、別のメタルハート。

赤黒い斑点に、節々を蝕む赤銅。

剥がれた大地をもろともせず。


ダン!

振動と共に掌の水晶から放たれた光は白。

目の前の心臓を刺し貫いた。

もう十分


ゴゥ……ン……。

もう彼は外れてしまった。

鈍い音を立て、地に倒れる同胞。

それは救いかそれとも罰か。


ゴウン。

メタルハートは考えない。

そうしてゆっくり歩きだす。

ただ使命を全うしたから。


ピッピッピッ……。

見つからない。

“胸の鼓動”も。

“ムネノコドウ”も。


ピッピッピッ……。

花も虫も犬も猫も。

鳥も虎も鼬も蛇も。

全てが生きている。


——ただ一つ、人間だけを失って。




——だから。もう、おしまい。




ドンッ!

金属割る重い音と、大きな胸穿つ巨人の手。

もう悔いはない。

あとはジブンだけ、と。


ゴゥ……。

厚い砂埃が二人を包んだ。

ハィは飛び降り、兵器は墜ちた。

彼は疑いを知らない。




「ねえ」

視界の開ける頃、ハィは彼に身を寄せる。

仰向けの巨人に足を掛け。

うつ伏せになって、その上半身に耳と頬を付けた。


トクン……トクン……。

見つけたよ。

聞こえるよ。

これが——“ムネノコドウ”。


トクン……トクン……。

あったかいよ。

“ぬくもり”って、これのこと?

そうだよね——メタルハート。


トクン……トクン……。

頬も耳も離さなかった。

身体は向かい合ったままで。

もしも最後の一つになっても。




鉄の心臓メタルハート”が、絶える時まで——。

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メタルハート わた氏 @72Tsuriann

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