3個目の母

@KINOSHITA-KEITA

3個目の母

初めて母が変わったのは8歳の時。

夜ご飯は殆どカップ麺だった。

1個目の母も、2個目の母も、それは変わらなかったから、それだけは覚えている。

派手な格好に外行きの面を作る母の横顔は変われど、カップ麺の味は不変なのが子どもながらに気になった。

「早く食べて、寝ちゃってね」

感情の見えない間延びした母の声と僕が麺を啜る音とが静かな部屋に浮遊する。

身支度を終えたであろう母は知らずのうちにいなくなっていた。「いってらっしゃい」も「おかえり」も言うこともなく、それが2個目の母との最後。そんな生活の中で僕は女性への期待はなくなった。

2個目の母がいなくなってから、父の仕事の都合で何度目かの引越しをしたが代わり映えのない毎日に他ならなかった。転校先の学校でも突然人気者になれるわけもなく、引越しが続いたことで友人との距離の詰め方がわからなくなり、学校生活も孤立し続けた。

夜ご飯のカップ麺も母の横顔が消えた以外に特段変わらない。

今回、唯一変わったことと言えば、近所の老婦が毎日声をかけてくれることぐらいだった。

腰は曲がっているが、庭の手入れが好きらしく毎日殆ど外に出ている老婦。この老婦との、朝の「おはよう」、学校帰りの「ただいま」。授業の音読以外で発する言葉はここだけだったかもしれない。

特段変わらない学校帰り、例外なく幾日も老婦に声をかけられた。

「おかえり。またそんな猫背じゃ友だちできないよ。」

いつも少しだけ小言を言う。

「ただいま…」

それ以外、特に言葉を発することもなくコクリと会釈するだけだったが、

その日は、少し帰りが遅くなった日の暮れた夕方、老婦の言葉が続いた。

「折角だから、ご飯食べていきな。」

一人で夜を過ごしているのが分かっていたのか、半ば強制的に家へ招かれ、和室の中央にひっそりと置かれた丸座卓の前に腰掛けた。

味わったことのない懐かしいという感覚。

水道が流れる音、ガスに着火する音、畳の匂いも、初めての感覚で居どころ悪そうにソワソワしていた。

暫くして丸座卓に置かれたものに目を見開いた。


カレーライスと赤いきつね。


その意外すぎる組み合わせに驚きと同時に少し笑みが溢れた。

「食べ盛りだから、カレーライスだけじゃ足りないでしょ」

赤いきつねにお湯が注がれ、油揚げを4等分に切ってくれた。

何故だかカレーライスより先にうどんを啜る。

いつもと同じカップ麺のはすが僕の啜る音と老婦の小言が和室に浮遊する。

全然違う味だった。食べてきたカップ麺とは異なる温かさがそこにはあった。

物体的な温かみではない何かを子どもながらに感じていたのかもしれない。

それから暫く小学校を卒業と同時に引越しするまで、何度か夕食に招かれた。

度々出てくる赤いきつねと、4等分にされた油揚げ…


「それが嬉しかったんだよね。」

声を抑えられず、溢れるように発した。

「もう私がお湯入れてから5分以上経ったんじゃない?」

彼女の声に慌てて蓋を開けると、4等分にされた油揚げが目に入る。


「あ…」

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