第51話朝チュン(〝りほ〟視点)

 チュンチュンチュン

 雀が鳴いている。


「うーん」


 夜通し飲んで、そのまま眠ってしまったらしい。


 周りを見渡す。

 酒樽などが転がっているが、あれだけいた妖が一体残らず消えていた。


「あれ?」


「お目覚めでございますか? あれだけ御神酒おみきを召されて、調伏されないとは……さすがでございますな」

 幼女姿の式紙が、さして驚いてない様子で笑いながら言った。


「神獣たる妾に御神酒など効くわけがあるまい。むしろ供物として大変、美味じゃったわ! が、しかし…」


「あい?」


「いつのまにか酒宴に興じさせられ、眠りこけてしまったのは合点が行かぬ。そなたの主にばかされた気分じゃ! あやつはどこへ?? 一杯くわされた文句を言わねば気がすまぬ!!」


「主は……御簾の中。いわゆる、〝大殿こもりたり〟で、ございます」

 一夜の遊びとして子供が出来るような行為をしたということ。


「……お大尽の娘に手をつけた…か」


「くくく。その通りでございます。なにやら、〝据え膳食わぬは、男の恥〟だとかで〟」


「ここのお大尽の娘は、主上(天皇のこと)に嫁ぐ予定ではなかったか? そんな娘に手をつけてよいのか?」


 源氏物語に出てくる源氏は、天皇に嫁ぐ予定の朧月夜に手をつけ、朧月夜が入内じゅだいしたあとも関係を持ったために明石へ都落ちしなければならなくなったのではなかったはず。


 まあ、入内前に手をつけたわけだから謀反にならないまでも……姫の価値は下がったわけだ。これは、その姫の宮廷内の地位が大きく下がったことを意味する。


 ちなみに、源氏物語に出てくる朧月夜は皇后に准ずる地位の中宮ちゅうぐうとして入内する予定が典侍ないしのすけという女官にすぎない地位で宮中に入ることになった。


 少なくとも、お大尽に大変恨まれるだろう。


「さあ? どうなりますことやら。けらけら」


 幼女姿の式紙は、心底楽しそうに笑った。


(どうも、途轍もなく破天荒な男と知り合ったようじゃ)


♠️


 御簾が上がった。


「うーん…〝後朝きぬぎぬの別れ〟にふさわしい気持ちのいい朝だ。 首尾はどうだった?」


 男が式紙に尋ねた。


「あい。雑魚はことごとく滅されました。大物は、式に。ただ……」


「九尾が残ったか。お初にお目にかかる。安倍孝明あべのたかあきです」


 男が妾に名乗る。


「こちらこそ、お初にお目にかかる。〝玉藻〟じゃ」


「狐と噂される玉藻の前様。ほんに狐でございましたなぁ。主上の寵姫がこんなところをうろついていて良ろしいので?」

 呆れるように言う孝明と名乗る男。


「宮廷に入内する予定がある姫の御簾から出てきた男に言われても……そなた、ここのお大尽から恨まれるぞ」



「くくく」

 心底、愉快そうに笑う男。


「笑いごとではないわ」


「さて…どうしようか?」


 男は、自分の式神に笑いかけた。


「主様は風でございます。自由に吹いて、どこへなりとも」


「京の都は窮屈でかなわんからな。玉藻の前様もそう思われませぬか?」


「ふむ……妾も京に飽きてきたところじゃ。ここのお大尽からは、色々くだらない嫌がらせも受けておるし。が……そなたの行く末には興味が湧いてきたぞ」


 主上の寵姫たる妾は、ここのお大尽にとって邪魔な存在であったらしい。あることないことくだらない噂を撒かれるわ、くだらない呪術とかを仕掛けてくるわ、煩わしいことこの上ない。そういうことにちょうど辟易していたところだったのだ。

 姫の価値が下がったことは、申し訳ないが、ちょっと愉快。


「一緒に京から出て行きますか?」



「それも良いかもしれぬ。くかか」


「くくく」


 妾達は、不敵に笑いあった。


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